メニューインのシューマンとドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲
シューマンの協奏曲はバルビローリ指揮ニューヨーク・フィルが共演、ドヴォルザークは師のエネスコがパリ音楽院管弦楽団を指揮して共演している。
とんでもなく良い演奏だ。シューマンは例のクーレンカンブとの世界初演を巡るゴタゴタの後、アメリカ初演を行ってすぐの録音されたもの。クーレンカンプの演奏がとてもタイトな演奏で、ややシュミット=イッセルシュテットの指揮が今ひとつの出来である点を考慮すると、この本来世界初演をするべきだったメニューインの録音の方が高く評価できそうだ。ただ、バルビローリがオーケストラだけの冒頭でちょっと硬直した表現で、ちょっと白けてしまうが、思い入れたっぷりのヴァイオリンが入ってくると、全く問題はない。
しかし、なんて素晴らしい演奏なのだろう。若いメニューインのはち切れるようなカンタービレ、美音はもうため息しか出ない。特に高音の伸びやかさはどうだ!!これを天才と呼ぶのだ。ナチス・ドイツのベルリンの博物館館長が、この曲を楽譜を相続していたヨアヒムの子孫に演奏許可をとり(ヨアヒムが作曲者の死後百年経たないと演奏してはならないと遺言したため)、楽譜をメニューインに託したのは正しい判断だったと思う。もちろんクーレンカンブの初演と録音の意義を高く評価した上での話だが、この演奏の説得力は大変なものだ。比較的地味な作品なのに、ロマンたっぷりのこの演奏で聞くと、渋さと味わい深さと対照的に、華やかで、パガニーニとはいかなくても、これがブラームスへと繋がっていくのだということくらいは実感できる。
一つ、あえて問題を言うならば、シューマン晩年の独特の傷つきやすさから来る混乱と感情の鬱積は、メニューインには期待できない。これはもっと年をとってからのものなのだろう。バルビローリは油断をするとちょっと硬くなってしまうが(第一楽章冒頭や、アタッカで続く終楽章の冒頭の腰が重すぎるところなど)総じて気持ちがこもっていて、ヴァイオリンに格負けしてもいない。

ドヴォルザークは、エネスコの指揮がやや鈍重に聞こえる。特に終楽章は問題もありそうだ。しかし、メニューインのヴァイオリンは全く素晴らしい。オケが少々乱れようと、その上をメニューインは行っている。
ドヴォルザークをチェコの演奏家でしか聞かない、あるいは評価しないという「本場物」主義なんて信じてはいけない。こんな良い演奏を聞き逃してしまうから。

今月はスカパー!のクラシカ・ジャパンでバーンスタイン指揮ウィーン・フィル、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア、アバド指揮ベルリン・フィルの3種類のベートーヴェンの交響曲全集が放映されるなど、凄まじいことになっている。
これと、スカイAの朝の番組でスイス・ロマンドの放送用の録画を見て、加えてこのネットの音楽配信とで、もうCDショップは必要なさそうである。忙しいのにこれのチェックまでしていると、もう時間がなくって・・・当たり前だろうと言われそうだ。
by Schweizer_Musik | 2005-12-10 21:43 | ナクソスのHPで聞いた録音
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