覚え書き 2
ルードルフは(皇帝となってからは一世、ややこしい!何とかならんのか!)、対立候補であったボヘミアの王オットカールとの戦いを開始する。オットカールは皇帝選挙で「あの田舎貴族のハプスブルクに破れたこと」を認めず、アーヘンでの戴冠式にも顔を出さず、これが口実となってルードルフはオットカールを帝国追放として、戦いを挑む。
1276年夏、ドナウ川の支流のマルヒ河岸で行われた戦いで、オットカールは戦死。ボヘミアの軍は敗走し、ルードルフのハプスブルクの帝国軍は勝利する。
これにより、ハプスブルクはウィーン、リンツ、グラーツ、ケルンテンといったオーストリアのボヘミア王の持っていた所領を自らのものとし、これより、ハプスブルクはオーストリアでの足がかりを得たのだった。
by Schweizer_Musik | 2005-12-15 10:38 | 原稿書きの合間に
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