モーツァルトのト短調交響曲の聞きくらべ -4-
終楽章は第1主題と第2主題の対比は更に明確で、第1主題は短いフレーズ、動機を重ねた劇的な表現で、それをピアノとフォルテの差が大きくとられることで一層効果が大きくなるように作られている。一方で第2主題は小編成の弦でほとんどピアノで長いフレーズを演奏する。
まず第1主題。
c0042908_1450564.jpg

終楽章第1主題はダイナミクスの変化、及び弦楽だけの部分と管楽器が加わったトゥッティとの対比がその特徴を成している。
これに対する第2主題も次にあげておこう。
c0042908_1450384.jpg

これが木管で繰り返されて主題が確保されるのだが、クラリネット版か最初の版かが最もよく分かるのはこの弦だけ(それもヴァイオリン二部とヴィオラだけの三声部だけ!)の提示に続く木管による確保の部分の冒頭でクラリネットがソロでこの長いメロディーを演奏する部分である。この演奏はどっち?という判断がつきかねた場合は、ここを聞いてオーボエでこのメロディーを演奏すれば最初の版、クラリネットなら第2版という風に判断すればよい。
フォルテとピアノの対比、レガートとスタッカートの対比、フレーズの長短の対比が第1主題と第2主題の間での特徴である。これを節度ある表現で演奏することが、私は理想と考えている。
この意味で、良い演奏は沢山あるが、その多くがフォルテとピアノの対比に重点をおいたものである。
このタイプの演奏の典型として、ワルター指揮ニューヨーク・フィルの正規録音があげられる。コロンビア交響楽団とのステレオ盤では弦の編成を少なくしているように感じられ、この特徴がいささか減退しているが、基本的な解釈はほとんど変わらない。
ただ、正規盤でも1929年にベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮して録音した演奏(オーパス蔵/OPK 2019)では、私の持っている中で最速を誇り、強弱の対比や弦と木管の対比などどこ吹く風という慌ただしい演奏で、彼も若い頃はこんな無味乾燥な演奏をしていたのだとわかって、ちょっと安心してしまう。
いくつかのライブ録音はどれも一長一短で、1950年のベルリン・フィルとの演奏がまとまりという点で良いと思う。世評に高いウィーン・フィルとのライブ(SONY Classical/SRCR 2692)も同じ解釈だが、アンサンブルが幾分アバウトで何度も聞くとちょっと気にならないでもない。
同じウィーン・フィルでもフルトヴェングラーが指揮する正規盤はテンポがちょっとうわずっている。説得力はあるが第2主題でもフライング気味で展開部あたりから落ち着いてくる。
カラヤンがウィーン・フィルを指揮したこの楽章の演奏は、強弱の変化をほとんど強調しないスタイルで、流麗ではあるがやや立体感に欠けるようで少し不満を感じる。ただオケの素晴らしさはこの演奏が一番だ。確か1960年頃の録音だったと思うが、木管の美しさは絶品!解釈の点で多少の疑問を感じる。
ケルテスが同じウィーン・フィルを指揮したものは1972年の録音だったが、カラヤンよりも私は納得感がある。オケも美しい!!テンポはほとんど変えず、スタイリッシュでこの指揮者がテルアヴィヴで事故で若くして亡くなったのは痛恨の極みだった。
1976年にカール・ベームがこのウィーン・フィルと録音したいるが、彼の解釈上の特徴は展開部を遅めのテンポではじめるという点だ。
c0042908_14371632.jpg

彼は、この部分だけを遅く演奏しているのが特徴で、展開部を大変重々しく始める。ちなみに、アーノンクールは逆に速く演奏していて、ベームもアーノンクールも、木管による第1楽章と同じ導入フレーズで元のテンポに戻している。
c0042908_1452818.jpg

ウィーン・フィルでここまで来たのでもう一つだけ、バーンスタインの録音をとりあげておこうと思ったが、語るほどではなさそうだ。レヴァインの演奏もあるが、買った時、全く気に入らなかったため、すぐに売り払ったので、今回聞き返すことができなかった。

オケでウィーン・フィルと並ぶ伝統と独特の音色をかつて持っていたドレスデン・シュターツカペレの演奏としてはスウィトナーとブロムシュテットの録音が目立つが、この楽章に関する限り、スウィトナーの演奏に一日の長がある。スウィトナーの方が明らかにテンポがスムーズに流れるし、強弱の対比も丁寧だ。一方でブロムシュテットの演奏は少しテンポというか拍子感が重く、平板に聞こえる。

スタイリッシュな演奏としてマリナーの演奏は全く見事だ。スコアにある音が無理なく響いていて、なるほどと思う場面ばかり。強弱の対比、歌うところと決めるところの対比は丁寧に描いているが、それ以上に古典作品として無理な表情付けが全くなく、均衡が保たれ、古典派の交響曲らしいフォルムの正確さに、フレーズのちょっとした膨らませ方にロマンを感じさせるもので、私は強くこの演奏を推したいと思う。
チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルの1994年3月15日の演奏(EMI/7243 5 56519 2 1)は曲のダイナミクスの変化を適度に強調しながら、ほとんどイン・テンポで颯爽と演奏したものとして高く評価できる。
フリッツ・ライナーによる二つの正規録音も同様で、録音がモノラルという点を除けば、チェリビダッケ同様、多くの人に薦められる名演だ。
私は1947年4月1日録音(SONY-Classical/MHK 62344)の方が、1955年録音のシカゴ交響楽団盤(BMG/CDTD-1015)よりも、完成度は高いと考える。録音はシカゴ交響楽団盤の方が幾分良好だ。
同じように、私の持っている二つのクリップスの演奏でも正規録音であるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との録音(PHILIPS/422 476-2)とフランス国立管弦楽団との1965年11月2日のライブ録音(DISQUES MONTAGNE/WM 332)があるが、圧倒的にライブのフランス国立管との録音の方が優れている。
このクリップス指揮フランス国立管との演奏は、彼の生涯に残した全録音の中でも屈指の名演で、特にこの終楽章は解釈が徹底している。
遅めのテンポでこの曲のロマンチックな側面に光を当てた演奏として、私はベルンハルト・パウムガルトナー指揮ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院管弦楽団のレコードをあげておきたい。ワルターの演奏でこの曲を聞き込んだ私は、大学生の頃にこの演奏に出会い、以来この演奏とマリナー、ワルター(NYP)がこの曲の標準となってきた。
CD初期に学研がKAPELLEというレーベルでこの演奏を復刻したことがある(KAPELLE/CD 174912)が、ダイナミック・レンジが狭く、リミッターがかかったような復刻に「こんなのではなかった」とずいぶん残念に思ったものであるが、最近レコード(BASF_05-22)を聞き返してみて、私の記憶が間違いでなかったと安心したところだ。

第2主題で、大きくテンポを落とすのはシューリヒトである。(私が所持する)3種類の録音のいずれでも大きく減速している。このように大きなテンポの変化で音楽の性格を強調する方法は、モーツァルトのような古典派の音楽にはふさわしくないようにも思われるが、カザルスはシューリヒトほどの減速はしていない。これは音楽に対する考え方によって評価が分かれるだろう。

この稿、終わり。
by Schweizer_Musik | 2006-03-12 14:51 | 原稿書きの合間に
<< モーツァルトのト短調交響曲の聞... モーツァルトのト短調交響曲の聞... >>