夢の名演奏 (15)
1996年の夏。私はスイスにしばらく滞在した後、オーストリアのインスブルック、ドイツのミッテンヴァルト(実は国境を挟んで半時間ほどの町)に遊んだあと、オーストリアの最高峰グロスグロックナーを眺めてからザルツブルクに向かっていた。その列車の車内に残されていた新聞でラファエル・クーベリックの死を知ったのだった。
それからザルツブルクまでの車窓の風景は全く憶えていない。私の頭の中ではクーベリックの演奏したベートーヴェンやスメタナ、ドヴォルザーク、マーラーなどといった演奏がそれこそ走馬燈のように思い出され、それを頭の中で反芻していたのだった。
ラファエル・クーベリックは最近、かなりの数のライブ録音が出てきたので、スタジオ録音のあのおとなしいというか理知的な態度のクーベリックは、実演では大きく変わることを知っている人も増えてきた。

さて、彼もまた共産党のイデオロギー政策に反発して西側に逃れた一人だった。ただ、彼は生きている間に再び祖国に戻る幸運に恵まれたのは救いであったと思う。
西側に出て、シカゴ交響楽団の音楽監督に迎えられたのだが、無能なシカゴ・トリビューン紙の評論家、クラウディア・キャシディ女史によるキャンペーンによって3シーズンでシカゴ交響楽団を去ることとなる。この時代の彼の演奏はマーキュリー・レーベルに残されているが、無能なキャシディ女史が彼をヒットラー呼ばわりし、毛嫌いしただけでなく、徹底したキャンペーンをはってシカゴから追い出したというのが真相のようだ。
ちなみに、彼の後任はフリッツ・ライナーで、この時代はこの音楽評論家も鉾をおさめていたのだが、続いてジャン・マルティノンがシカゴ交響楽団に来ると、またしてもそれを嫌って追い出してしまったのだ。その上、オーケストラの中の人間関係にまでギクシャクしたものを残して…。
彼女が悪意あるキャンペーンを張ったために、アメリカの音楽界が受けた影響は計り知れない。評論なんてものをするなら、心してかかるべきだろう。
まぁ、このキャシディ女史の悪行を洗い出しても無駄なことなので、音楽史では無視するに限るが、クーベリックの指揮したブロッホやチャイコフスキーなど、この時代のシカゴ交響楽団が決して田舎オケではなかったことを照明してみせるだけの素晴らしい録音群であることだけは間違いない。
私はものすごいクーベリックのファンであるなどとはとても言えないが、彼の録音はずいぶんたくさん聞いてきたように思う。ソニー・クラシカルから出ているモーツァルトの後期6大交響曲やシューマンの新旧の交響曲全集、マーラー全集、ドヴォルザークの交響曲全集、ドヴォルザークの交響詩全集、スラブ舞曲など古典からロマン派にかけての作品に彼の本領は発揮されていた。また一曲ずつオーケストラを変えてベートーヴェンの交響曲全曲をやるなどという、プロデューサーの下手な思いつきにも誠実につきあっている。(ただ、客演中心であるためか、どうも今ひとつ踏み込んだ演奏でなく、よそよそしさがどこかにつきまとい、私はあまり楽しめなかった)

彼の録音の中で、三楽章の交響曲「オルフィコン」、無言カンタータなどという自作が出ているのをご存じだろうか?そう彼は作曲もするのだ。
1986年に持病であったという痛風が悪化したこともあって引退したのだが、もう一つの目的が作曲するためであった。いずれこのシリーズでとりあげることとなるであろうマルケヴィッチも作曲家として名高いが、クーベリックもまた本格的なものであった。
だからというわけでもないだろうが、彼は近現代の音楽に対しても大変スケール豊かな良い演奏を繰り広げている。
シェーンベルクのロマン主義の最後の作品ともいえる「グレの歌」(Grammophon)や、オルフの「カルミナ・ブラーナ」(ライブ録音) といった作品をはじめ、戦後の問題作でもあるハルトマンの交響曲全集や、彼の次の次にシカゴ交響楽団のシェフとなり、無能な「音楽評論家」に追い出されたジャン・マルティノンのヴァイオリン協奏曲なんていう録音まであった。
これほどのマエストロがフランス物となると、実はほとんど残していない。ずっと私は不思議でならなかった。私の唯一持っているクーベリックのフランス物と言えば、ベルリオーズの幻想交響曲である。
また、ストラヴィンスキーなどもほとんど残っていないように思われる。(ごめんなさい、ライブなどで出ているかも知れない…)
そこで、私の妄想は広がるのだ。クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団によるドビュッシーの「海」と「ノクチェルヌ」、ストラヴィンスキーの詩篇交響曲という盛りだくさんのプロの録音が1970年にミュンヘンで録音されていたなどというニュースが、ユニバーサルから出てきたら、私は一も二もなくCDショップに走ることだろう。まぁ、そんなことはあり得ないのかも…。
by Schweizer_Musik | 2006-06-16 23:02 | 夢の演奏
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