終戦の日を前にして
私は戦争が嫌いだ。基本的に人と争うことが好きでないのだ。実に単純な理由で申し訳ないが…。
前に住んでいた広島は、毎日原爆ドームの前を通って事務所に通っていたこともあり、八月は一際感慨深いものがある。
で、平和を願う音楽を集めてみた。
オネゲルの交響曲第3番「典礼風」は極めて激烈で不安の時代への警告でもある。彼はこの作品で神の怒りを歌い、救いを求める人々の祈りを表現した。終楽章には「われらに平和を与えよ」というミサの典礼文を与えているが、曲は平和を待ち望むか細い祈りの歌で閉じる。
オネゲルの盟友であったミヨーはユダヤ人であった。1940年にナチスによる迫害を逃れてアメリカに亡命。カリフォルニアで亡命生活を送り、ミルス・カレッジで作曲を教えていたというが、厳格な対位法の技術の乏しいアメリカにそれを伝えたのはミヨーであると言ってもよい。
しかし、亡命の中で書き上げた交響曲第2番はそれまでの軽快で古典的な枠組みをほとんど守っていたのだが、この曲で各楽章に標題を与えて、自分のメッセージを明確にしている。第1楽章には「平和に」というタイトルがつけられているのだが、この楽章で提示された素材が、全曲を支配していると見るべきだ。シンメトリーに構成された独特のソナタ形式によるこの音楽が、亡命直後に書かれたのだった。第3楽章「悲痛に」で提示されるオーボエのメロディーは、ナチスに支配される祖国への思いがあふれていると思う。

さて、オネゲルと同じスイス人の作曲家マルタンはオラトリオ「地に平和あれ」(1944)を戦争中に作曲し、続いてオラトリオ「ゴルゴタの丘」(1945-48)を書いている。彼は大規模な宗教作品として平和を歌い上げたのだった。
オネゲルの厭世観あふれる重さは彼にはない。しかし、彼の音楽の根底には深い罪の意識に対する懺悔の思いが満ちている。「地に平和あれ」の強烈な印象はそんなところから受けるのだろうか。
しかし、「イェーダーマン」よりの6つのモノローグ (1943)における彼はオネゲルと同様、深い厭世観に魅入られている。これはその一つ前の「旗手クリストフ・リルケの愛と死の歌」(1942-43)において更に強烈に出ている。ここからマルタンは「地に平和あれ」を歌い上げていったのだ。

悠々自適の生活を送ったミリオネア、プーランクもまた無縁ではなかったと思われる。ひょっとして「典型的動物」のあの優しい響きの向こうに皮肉な声が隠されているのではと勘ぐるのは私の勝手とさせていただくこととして、戦争が終わって書かれた「アッシジの聖フランチェスコの4つの小さな祈り」(1948)という無伴奏の男声合唱の作品に、心揺さぶられる「平和への祈り」を聞くことができる。
ささやかではあるが、プーランクの作品の中でも最も感動的な作品の一つだ。これとスターバト・マーテルは涙なしに聞けない。

続いて、バルトークの管弦楽のための協奏曲は絶対にはずせない作品だろう。誇り高いバルトークは、アメリカで受け入れられず、赤貧のうちに白血病に罹り、窮状を伝え聞いたかつての弟子や彼を尊敬する音楽家たちが集まって依頼した作品である。ヒットラーが好んだメリー・ウィドーのメロディーを紛れ込ませたりという手法は以前にも述べた。この音楽が内包するものは、その民族的な素材から受ける印象とは違い、あまりに重い。
だが、私はもう一つの作品、無伴奏ヴァイオリン・ソナタをあげておきたい。ここでは彼の音楽の秘術が縦横無尽に屈指されつつ、極めて内面的な世界を描きつつ、それが普遍的な感動に結びついていく、奇跡を体験できるからだ。
彼は、戦争が終わり、平和な日々が戻ってきた1945年の9月26日に白血病のために亡くなった。この時にハンガリーに残っていたバルトークのピアノの弟子ヴェレシュは「THRENOS〜ベラ・バルトークの思い出に」という作品を残している。後に共産主義を嫌いスイスに亡命する彼が、まだ伝統的な語法に基づきながら書いた、哀切極まりない哀歌である。
このヴェレシュが西側に亡命を強いられたように、20世紀は共産主義というもう一つの亡霊が世界にさまよい出て多くの悲劇を生むこととなったことも忘れてはならないだろう。ソ連軍によるプラハ侵攻などがあったことも…。こうした事態に対して、国連は無力だった。
それはともかく、バルトークはアメリカで埋葬された。しかしそれから40年あまりたって共産主義は崩壊した。
1988年、指揮者のゲオルク・ショルティらの尽力によって、バルトークの遺骨はハンガリーに戻った。そして、ハンガリーは国葬をもって祖国の偉大な才能に対する敬意を表したのだった。
ショスタコーヴィチの第4番から第8番、あるいは第9番といった交響曲や、近年になって話題となったグレツキの「悲歌のシンフォニー」などもあるが、それはまたいつか・・・。
終戦(敗戦)の日を間近に迎えて、心から世界の平和を祈りたい。
by Schweizer_Musik | 2006-07-26 13:15 | 音楽時事
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