スッペの序曲集(マリナー)
私の郷里の小さな町にある電気店は、昔、少しだけLPを置いていた。コロンビア・ダイアモンド・シリーズという廉価盤で、一枚千円だった。小学生にはそれでも全く手が出なかったのだが、何とかして千円もらったら、有頂天でここに行って、たった二〜三十枚の在庫から迷いに迷って一枚を買い求めたものだ。
そうして初めて買ったLPが、ビゼーの「アルルの女」組曲とグリーグの「ペール・ギュント」組曲、そしてスッペ名序曲集だった。どちらももう手元にないが、ふと懐かしく思い出したのは、今、郷里にいるからではなく、久しぶりにスッペの序曲を聞いたからである。
小学生の頃、安物のレコード・プレーヤーでそれこそすり切れるまで聞いたこれらは、ただ単に懐かしいだけでなく、完璧にすり込まれてしまっていて、何かの拍子にふと鼻歌に出てくることもある。
とは言え、聞かなくなって何年になるだろう。馬鹿にして聞いていなかったわけではないのだが、興味を失っていたというのが本当のところだ。
で、久しぶりに聞いてみた。演奏はマリナー指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団。ちょっと涙が出てしまった。オペラ、あるいは劇中の音楽のメドレー風の接続曲であるから、どれも総花的開けっぴろげの抒情と言うのだろうか。深刻そうなフレーズが出てきてもすぐにそれを解消してくれる手際の良さ。スッペには大規模なレクイエムがあり、それなどは知られざる名曲として大いに宣伝したいところだが、こうした手際の良い、それでいて決して侮れない魅力的なメロディーに彩られた音楽もまた、またまた大いに宣伝しておかないと、ついつい忘れがちな気がしてきた。
マリナーの新しい録音(EMI盤)もあり、そちらでも悪くはないのだが、このロンドン・フィルを指揮した一枚は、「ボッカチオ」の序曲が入っていることで価値は高い。再録音では何故かボッカチオは除かれている。また名盤の誉れ高いカラヤンやショルティにはこの曲は入っていない(但しパレーは録音している)。
マリナーの自在に動かされるテンポもよく決まっていて大変気持ちが良い。時々違和感を感じるのは、その昔に聞いたLPの刷り込み故で、マリナーのせいではない。しかし、最初に聞いた印象というのは大変なものだ。だから良い曲を良い演奏で出会うようにするのが大切だ。
初めて買ったLPのもう一枚であるビゼーの「アルルの女」の演奏は確か、ハンス・ユルゲン・ワルターという人が指揮をしていた。オケの名前は覚えていない。ウィーン・プロムジカ管弦楽団だとか、ハンブルク放送交響楽団とか、なんだか聞いたような聞かないような、今にして思えば、よくわからん名前が並んでいたように思う。ハンス・ユルゲン・ワルターの経歴はあまりよく知らないが、この人の指揮はそう悪いわけではなかったように思う。しかし、今にして思えば楽譜を深く読まないで、次から次へと録音の仕事をこなしていたような演奏だった気がする。
それは、散々聞いた「アルルの女」。何年かしてカラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏で聞くことがあって、この曲が色々なところでとても面白い仕掛けがしてあったことに驚き、自分は今まで何を聞いてきたのかとちょっと愕然としたことから、そんなことを思うようになった。
例えば、第1組曲のカリヨンで再現にはいる前、カリヨンの動機が長い音符で音楽の背景に現れ、次第に音符が短くなっていき、もとの音楽にもどるという仕掛けが、カラヤンではじめて知ったのだった。逆に言えば、ハンス・ユルゲン・ワルターの指揮ではそうした仕掛けに対してあまり配慮していなかったことになる。
ちなみにカラヤンという人は、こうした音楽を実に丁寧にやる。子供のためのコンサートを「ジャリコン」と言ってやっつけ仕事でやる三流演奏家を何人も知っているが、二流、三流だから音楽を丁寧にやらなくても平気なわけで、音楽家の良心があれば、どんなものでも最上のものを提供したいと思うはずだ。
そういうことで、久しぶりのマリナーのスッペを満喫した次第。良い音楽だ!シャルル・デュトワやパレー、ズビン・メータのものなどもCD棚から発見。一日楽しむことにしよう。
by Schweizer_Musik | 2006-08-10 22:19 | CD試聴記
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