フルトヴェングラーのモーツァルトK550の聞きくらべ
現在、私が所有するフルトヴェングラーの3種類のト短調交響曲を聞き比べてみる。
1) 非フルトヴェングラー説のある1944年7月2,3日録音のTAHRA/Furt 1014〜1015
2) 1949年6月10日ヴィスバーデン歌劇場録音のANF/ANF-305/FONIT CETRA/CDE 1015
3) 1948年12月7-8日&1949年2月17日ウィーン、ムジークフェラインザール録音のEMI/CC35-3169

正規盤は最後のものだけだが、1944年のものだけが1949年のものとして出たこともあり、その時はフルトヴェングラーの演奏ではないということであったが、TAHRAが1944年盤として出して、またしても議論の的となった演奏である。冒頭の6度跳躍にポルタメントがかかり、それが後のブルーノ・ワルターとウィーン・フィルの演奏と同じだということで、ブルーノ・ワルターの演奏ではないかという説もある。しかし、これはあまりに単純で明らかな間違い。ブルーノ・ワルターは基本的にこの作品に対する解釈を変えていない。しかし、フルトヴェングラーとされる1944年のものというTAHRA盤がワルターだったとしたら、彼の全くことなる解釈の演奏が残っていることになるのだ。第1楽章の再現部での有名なルフトパウゼも1929年の録音ではさすがにしていないが、その他の全ての録音で行われている。確かに1940年代のこの作品の録音はないが、大きな強弱、表情が特徴のワルターの演奏と相容れない、スタイリッシュな解釈に、この意見(1944年盤はワルターであるという説)はあまりに唐突に聞こえる。
1948年のEMIの正規盤は、最もテンポが速く、独特の世界を持っているが、その他のライブとされる演奏は(これらがライブというのに聴衆の存在を全く感じさせないのは何故?)これに比べるとかなり遅いテンポを選んでいることにもよっているようだ。
また、スタジオ録音では第1楽章の提示部を繰り返しているが、ライブとされる1944年の演奏では繰り返していない。しかしヴィスバーデンの録音もまた繰り返しが行われておらず、繰り返しの有無がフルトヴェングラーかどうかということの決定的な証拠にはならないことは自明のことである。
では解釈についてはどうだろう。
さて、1944年の録音は非フルトヴェングラーなのか?第1テーマの提示が強弱をあまりつけず、比較的淡々と演奏され、推移部になるとテンポが大きく動き始める。これは1948/49年の正規盤ではテンポが速すぎて行われていないが、1949年6月のヴィスバーデンの録音では片鱗を聞くことができる。ただ、ヴィスバーデンの録音はオケがベルリン・フィルに変わっている上、かなりおとなしい演奏となっていて、大きなテンポの変化はない。しかし、1944年盤は、フルトヴェングラーらしい、大きなアチェレランドがあり、オケが一部ついて行けてないところがあるのは面白い。
1944年盤では第2楽章でもポルタメントは多用され、濃厚な味わいを聞かせている。メンゲルベルクかと思うほどである。私はこれがメンゲルベルクだと言われれば、簡単に信じていたかも知れない。ヴィスバーデンの演奏は比較的冷静で、あまり盛り上がらないし、EMIの正規盤は借りてきた猫のようにおとなしい。
第3楽章からヴィスバーデン盤はとても面白くなりはじめる。冒頭がずれるのはフルトヴェングラー一流の棒ゆえであろう。しかし、すぐに焦点が合って力強い演奏に立ち戻るのはフルトヴェングラーらしいところだ。ヴィスバーデン盤はここから終楽章にかけてがとても良いのだが、1944年盤はそういうことはなく、やや肩すかしをくらってしまう。
終楽章は1944年盤でははじめすこしゆっくり始まるが、急激にテンポ・アップし、猛烈なスピードで駆け抜けていく。1948/49年の正規盤はちょっと別にしても1944年は凄まじい迫力の演奏だ。1949年のヴィスバーデン盤も白熱した演奏であるが、これに比べれば冷静なものである。
1944年は総合的に聞くと、やはりフルトヴェングラーではないだろうか。即興的で、実によく乗っている。また、解釈もヴィスバーデンのものとほとんど同じで、ウィーン・フィルのポルタメントがあるかないか程度で、ボウイングも共通しており、私は非フルトヴェングラーではなく、本物であると考える。
by Schweizer_Musik | 2005-01-26 23:09 | CD試聴記
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