プレヴィンのシェエラザードを聞く
シェエラザードを久しぶりに聞いた。これは私はコンドラシン指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏が極めつけだと思っているので、なかなか他の録音を聞いてみようと思わないのだが、今回はプレヴィン指揮ウィーン・フィルの1981年の録音を聞いた。最近は「展覧会の絵」と組んで出ているようだが、私のはフィリップスから出ていたものでラ・ヴァルスと組み合わせての一枚である。
買ったのはウィーン・フィルのラヴェルに興味があったせいで、買った当初そちらを聞いたおぼえはかすかにあるのだが、シェエラザードは聞いていないように思う。よさそうな気がしてはいたのだが…。
したがって、そんな気はなかったのだが、ついつい頭の中に残っているコンドラシンの演奏と比べ比べ聞いてしまった。でもなかなかプレヴィンは良い!
キュッヒルのヴァイオリンも良いが、ああクレバースのはもっと魅力に満ちていた……、それは無い物ねだりだろうな。キュッヒルはウィーン・フィルのコンマス。悪いはずはないのだが。

プレヴィンはなんて良い指揮者なのだろう。繰り出すテンポは全く無理がなく、自然に歌い始めた感じで、いつの間にかテンポが変わり、音楽の性格の変化をそれとなく強調して聞かせる。これ見よがしのところは皆無であり、この指揮者の奥の深さを実感させられる。
しかしこの録音に聞くウィーン・フィルは、実によく鳴るオーケストラだ。どこもはち切れんばかりの響きと、しっとりとした情感に満ちている。第1楽章からしてそう感じさせるのだから第2楽章や第3楽章の夢見るような表情はもう…。キュッヒルのヴァイオリンが私の耳にはどうしてもクレバースの名演に比べてしまう。あるいはカラヤン盤のシュヴァルベの素晴らしいソロと比べてしまう。これは仕方ないことだが、この美しさ、艶やかさはどうだろう。木管のフレージングは完璧だ。ちょっと几帳面すぎるほど。でも不自然さは全くなく、奇跡のようだ。チェロのソロも良い。マヒューラに比べてもこちらは遜色なしである。ただし、第2楽章のクラリネットのカデンツァはあまりに生っぽく、ファゴットでの同じ部分もふくめてロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の敵ではない。1970年代終わりのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は現在のウィーン・フィルも真っ青なほど、素晴らしいメンバーが揃っていたのだ。これはいかんともしがたいところではある。
第3楽章の若い王子と王女の物語は、色っぽさと品性という2つの相容れない性格をうまくバランスさせた演奏となっているが、どちらかというとさっぱりとした味わいというべきだろう。これはウィーン・フィルの各首席奏者のソロのきちんとしたフレージング、ルバートを使いすぎないようにしようとする態度によっている。だから必要以上に色っぽくなりすぎることはなく、品位を疑われるような雑なテンポ変動もないのだ。
終楽章は今ひとつ迫力に欠ける点が惜しい。もっとエキサイトしてもいいのだが、そこはウィーン・フィルである。プレヴィンも無理しない。とは言え、シンフォニックな盛り上がりには全く欠けることもなく、これはこれで名演だと思う。
シェエラザードに何を求めるかによって違うのだろうが、ロシアのオケで雑にゴーゴーとオケを鳴らしまくれば、ロシアっぽいと思いこむほどならば、この品位のある名演を聞く方が良いだろう。私なら、そうコンドラシンを聞くが…。
by Schweizer_Musik | 2007-01-05 18:23 | CD試聴記
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