「夕鶴」のあと木下順二が書き下ろした台本で書かれたオペラがもう一曲。大栗裕の「赤い陣羽織」を聞く。
今でも手にはいるのかどうかわからないが、朝比奈御大の指揮でオケは今や「もう一つの?(笑)」私のオケとなった、大フィルである。大フィルはもう長いこと聞いていないので、「もう一つ」という脇役となったが、このCDの録音は1973年ということで、当時の私は、大フィル友の会に入っていた。でもこのレコードに当時の私には到底手が出ず、曲名ばかり耳にしていたことを懐かしく思い出す。 それにしても、ナクソスが大栗裕の一枚を出してくれたので、彼の名前も全国区ならぬ世界的な名前?になったことは嬉しい限り。「たたき上げの日本のバルトーク」大栗裕は、大阪のクラシック・ファンにとって知らぬ者のいないビッグ・ネームであるからだ。 さて、この「赤い陣羽織」。時代劇風の名前(代官や奥方など)が出てくるけれど、実際には時代指定はなく、自由に演出してよいということになっている。まぁ、現代劇にはちょっと難しいだろうが。とは言え、CDではそうした演出についてはさっぱり…ということで音楽だけについて語ってみたい。 このオペラ(作曲者は音楽喜劇と呼んでいる)は、大阪文化の中から出てきたようなところがある。それは根っからの大阪人である大栗の音楽にあるのだろう。大栗氏は大阪フィルのホルン奏者で、作曲を正式に学んだという人でなかった。だからというのではないのかも知れないが、彼の作品はどれねポピュラリティーにあふれている。メロディーが簡明でのびのびとしていて、オーケストレーションはゴテゴテとしていない、実にすっきりとしたものなのだ。スコアをチェックしたことはないが、聞いただけでその簡明さはすぐにわかる。ワーグナーなどの対極にあるような響きだ。だから、この曲の上演はそれほど難しくない。そうしたこともあるのだろうか、この日本製の歌劇はよく上演される。ちなみに関西では「夕鶴」よりもずっとよく耳にするオペラであると言えよう。 木下順二の台本は、河内のおかあちゃんが出てきたり…というのは私の思いこみだが、大変面白い。それに付けた音楽は一言一句変更されることなく(というのは「夕鶴」と同じコンセプトである)作曲されている。したがって会話のスピード感はとても面白く、山田耕筰のオペラのような、ダラダラしたアリアで中断されることなく、音楽がどんどん進んでいく。 おそらくは大栗氏にとっても親しかったはずの松竹や吉本の喜劇のテンポ感が音楽にある。抒情的な部分の聞かせ方もそうした掛け合いの中に埋め込まれている。したがってこのオペラには部分を切り離して聞くようなことはできない。「何とかの場」とか「何とかのアリア」はこの曲には無い。近いものはあるが、切り離しては存在し得ない、逆に言えば全体の中にあるが故の面白さ!それこそがこの音楽の醍醐味である。 今の時代であれば、こうした都節などに日本の音階を素朴に使うというのは、ちょっと勇気が要る。しかし1956年当時ならばそれは必要でなかったことだろう。私なら、全く違ったものを書いていたと思うけれど、大栗氏の書いた音楽の説得力、場面の効果的な表現には驚嘆せざるを得ない。 日本に生まれた「子供と呪文」だと言うのが私の評価である。 朝比奈御大の指揮は、堂に入ったものでとても良いのは当然としても、オケが少々デッドな響きで美感に乏しいのは残念だ。ホールトーンを生かした美しい新録音の登場が今となっては望まれるが、それまではこの録音で楽しむこととしよう。 演奏 朝比奈 隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団, 関西歌劇団, 木村四郎(お代官), 小島幸(奥方), 広岡隆正(こぶん), 横井輝男(庄屋), 林 誠(おやじ), 桂斗伎子(女房)他 大栗 裕_オペラ「赤い陣羽織」EMI/TOCE-55395
by Schweizer_Musik
| 2007-05-27 09:16
| CD試聴記
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