昔、チャイコフスキー・コンクールに行った時、会場でキーシンを見かけた。まだ少年といった風貌だった。確か、ベレゾフスキーの番だったと思うけれど、まだロシアが、ソビエト社会主義…という長ったらしい国名であった頃のことである。国にトップに居たのはゴルバチョフ書記長だった。
その彼ももういくつになったのだろう。あのコンクールに出場するのではという噂も流れたが、そうしたこともなく、彼は国際コンクールの洗礼を受けないままに、国際的な名声を確立していく。現代において希有な存在だと思うが、音楽そのもので納得させた結果なのかも知れない。そして大人となったかつての天才少年は、成熟したピアニズムで強い印象を与えている。 今日、聞いたのはシューマンのピアノ協奏曲。コリン・デイヴィスとロンドン交響楽団が共演して、一昨年、ロンドンで録音されたものだそうだ。 ピアノの音の質の高さは天下一品だ。このタッチで弾かれれば、オケの中でもすっと音が立つというか、オケの分厚い響きにマスクされたりせずに、美しい響きが聞こえてくるのではないだろうか?低音から高音まで、とても良い録音で彼の美しいタッチをクリアにとらえていると思う。そして音楽はロマンチックに大きなうねりを持って流れていく。これは素晴らしい演奏だと思った。 デイヴィスの指揮するロンドン交響楽団は気持ちの良いアンサンブルで、シューマンのスコアをクリアなバランスで鳴らしていく。 第2楽章のオケとのやりとりも、とてもすっきりしている。ベタベタとした歌い回しはこの演奏には無縁である。しかし清々しいロマンの香りが包み込んでいてこれはキーシンとデイヴィスの個性の共演だけが生み出せるものなのであろう。 しかし、弦が歌い継いでクライマックスを作っていくあたりの呼吸は絶品で、私はまたまた弛んだ涙腺が刺激を受けてしまった。第3楽章へのブリッジは最初少しモタモタしすぎかと思うが、テンポへの持って行き方はさすがベテランと感心した。 第3楽章の生き生きとしたピアノのソロもまた特筆すべきものだが、この楽章は大体繰り返しが多すぎて、ちょっと構成的にすっきりしないのだが(よく本番でピアニストが「落ちる」事故が発生する楽章として有名。私はまだ出会ったことはないが…)そうしたことを忘れさせるほどすっきりとしているのも特徴だ。 これまでのこの曲の最高の演奏はずっとラドゥ・ルプーだったが、これからはこの曲に関してはキーシンにしようと思う。 もう一曲、モーツァルトの24番のハ短調の協奏曲もとても出来が良い。更にカデンツァが全てキーシン自身のものという入れ込みようである。これについてはまた今度…。 iTuneをお使いの方はたった900円でこの録音が手に入るので、お薦めする次第。
by Schweizer_Musik
| 2008-02-20 22:31
| CD試聴記
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