ジョンゲンのフルートを中心とした室内楽作品集
ジョンゲンのフルートを中心とした室内楽作品集_c0042908_13345465.jpgグローウェルスというフルーティストはご存知だろうか。あまりメジャーな名前でないのだけれど、ピアソラの名曲「タンゴの歴史」を初演したフルーティストである。
このピアソラのCDの解説では解説者がフルーティストを知らなかったようで、経歴不詳としていた。でも私にはとても良いフルーティストに思え、以来、他にCDが出ていないだろうかと探していたら(そんなに熱心というほどでもなかったので、「探していた」というのもちょっと恥ずかしいのではあるが…)ナクソスで大量に発見!した。すでに十枚ほどがリリースされていて、特徴のあるグローウェルス・サウンドのフルートを折に触れて楽しませていただいている。
ナクソス・ミュージック・ライブラリーに全てアップされているので、気軽に聞けるようになったのは幸甚である。ここで取り上げたいのはジョンゲンのフルート作品集である。
ジョンゲンと言えば、オルガンと管弦楽のための協奏交響曲を最初に思い浮かべる。アン・マレイのオルガン、エド・デ・ワールト指揮サンフランシスコ交響楽団によるテラーク盤を思い浮かべることだろうが、私はメルダウというチューリッヒのオルガニストとダニエル・シュヴァイツェル指揮チューリッヒ交響楽団による演奏をお薦めしたいところである。
近代ベルギーを代表する作曲家のジョンゲンであるが、名前の呼び方ですら混乱しているほど我が国では無名なのは何としてももったいないところだ。いくつかの本でヨンゲンと表記しているが、彼はベルギーのフランドル語圏の出身ではなく、ワロン語圏の出身であるからジョンゲンとするのが正しいようだ。ちなみに私がよく使う学校の「新グローブ…」ではヨンゲンとある。多分これによってみんなフランドル読みになったのだろう。
ジョンゲンの作品はその協奏交響曲のようなオルガンと管弦楽のための大作だけでなく、数多くの管弦楽作品、室内楽、ピアノ曲、オルガン曲などがある。二百余りの作品を書いたが、晩年に七十曲程度を自ら破棄している。その保守的な作風が時代に合わないと判断したのかも知れない。
長生きして第二次世界大戦後の急速な前衛音楽の台頭に、スイスの作曲家シェックなどが作風を変化させたりしているし、有名なシベリウスも1920年代に筆を折ったことも、そうした時代との齟齬を鋭敏な耳が聞き取ってしまい、その隔たりに耐えきれずそうなったのだろう。
それでも160曲あまりの作品が残された。しかし、ジョンゲンの作品を聞く機会はそう多くないのは残念なことである。

話は変わるが、私が学んだ大学の音楽学科の学科長が(数年前に惜しくも亡くなられたが)ロベルト・ブリーゲンというベルギー人で、そのおかげかベルギーの音楽家の演奏を聞く機会が比較的よくあった。ベルギーの文化交流を目的としたベルギー・フランドル交流センター(淀川を渡ったところにあったそのビルは今もあるのだろうか?)は学生時代何度かコンサートに行った。哀しいことに自死したあのデュオ・クロムクランクも1970年代の終わりにここではじめて聞いた。(シューベルトの幻想曲の途中で私は不覚にも気を失ってしまった…有り体に言えば寝てしまった。愚かであった…)

前置きがとんでもなく長くなってしまったけれど、このグローウェルス他によるジョンゲンの室内楽作品集はフランス近代の例えばドビュッシーなどが好きな人には受け入れられるのではないだろうか?
フルートとチェロとハーブのための三重奏曲はドビュッシーのよく似た編成の曲があるのでつい比べたくなるけれど、ドビュッシーはヴィオラでジョンゲンはチェロという違いは無視できない。全体にドビュッシーの方が軽い音調で、フワリと浮かびそうな羽根の感触であるのに対して、ジョンゲンはどこか古い教会の高い天井に向かって響き渡るような根の生えた安定感があるように思う。
教会旋法をもととした作りはドビュッシーに似ているが、もっと骨太な音楽だ。その卓越した楽器法に舌を巻く!就中、ハープの使い方が上手い!自分が苦手だから余計にその館が強いのかも。第1楽章を聞きながらフルートとチェロがユニゾンでメロディーを歌い、ハープが絡んでいくなんて、とてもとても美しい!
フルートの低音への偏愛は私好みであるが、これはドビュッシーにも聞かれる傾向である。
グローウェルスのどこか影のある独特の響きは、ジョンゲンのこうした作風にピッタリとマッチングしている。低音での大きなビブラートは好みを分かつ怖れがあるけれど…。
第2楽章の冒頭など、どこかドビュッシーのノクチェルヌの「祭り」と似た雰囲気がある。モードのスケールをそのままテーマにおき、リズミックなオスティナート風の伴奏で彩るあたりが似ているのだけれど、これをこのトリオでやってしまうところが凄い!「似ている=パクリ」で、評価に値しないなどとほざく愚か者に聞かせてやりたい想像力であり技術力だ!
三部からなるが、一般的なA-B-Aの三部形式ではなく、発展的に変容していく三部からなる作品で、形式的にも1920年代に書かれたものの中でも独創性にも欠けていない。

続いてフルート・ソナタを聞いてみた。モード作法のオン・パレードで間に全音音階が挟まれたりしていて、ドビュッシーの影響は感じられる。
第1楽章は前奏曲と題されるが印象主義的な部分もあるが、民族音楽的な出だしがとても印象的で、その後の展開も古典的な技法を屈指しており、このソナタの方向性が明確に打ち出される。
第2楽章はペンタトニック風のテーマがとても魅力的で、民謡などに依拠した音楽を模索していたことを感じさせる。テーマの入念な展開は創造性に富み、基本的にはソナタ形式に則っているものの、第2主題の存在が希薄でバロック的なソナタである。第3楽章が緩徐楽章で一種の瞑想曲いった感じであるが、変化に富む音楽で聞く者を釘付けにする。そして終楽章が壮大なジークで締めくくる。ジークで8分以上の音楽といのは滅多にあるものではない。
このようにこのソナタはドビュッシー風のモード技法による新古典主義的ともいうべきもので、しっかりとした技術に裏付けられたその音楽は大変魅力的なものとなっている。

続いて聞いたのは最初に収められている「緩やかな舞曲」である。フルートとハープのための作品で、この曲でのグローウェルスは大変調子が良い。ハープも美しい演奏で、この小品の魅力を余すところ無く再現している。この哀しげなフルートのメロディーは何とも魅力的で、一度聞いたら忘れられないものを持っている。

しかし、色々と書いてきたけれど、このアルバムで最も聞き物なのは最後の3曲である。フルート4本のための作品が3曲収められていて、1941年に書かれたという「悲歌」を聞きながら、そのあまりの美しさに絶句!勿論フルート4本。それもアルトなどの所謂変わり種のフルートを使わず、書かれたこのエレジーに私はすっかり心を奪われてしまった!こういう音楽が可能だったとは!
2つのワロン風旋律と題された2作品は、彼がより古典的な語法で書いた曲であるが、それをこの編成で聞かせるあたりにちょっとした驚きを感じた次第。しかし、どれも良い曲で、ブリュッセル王立音楽院のフルート四重奏団はとても良い演奏でこれらジョンゲンの知られざる作品を聞かせてくれる。
これはお薦め!だ。
by Schweizer_Musik | 2008-03-23 13:38 | ナクソスのHPで聞いた録音
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