ビーチャムの指揮でモーツァルトの交響曲39番と40番を聞く
c0042908_16364078.jpgトマス・ビーチャムが1956年に手兵のロイヤル・フィルを指揮して録音したモーツァルトの39番と40番の交響曲をナクソスで聞く。
40番はマリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(以下長いのでアカデミー室内管と呼ぶ)のフィリップスへの録音である。そこで示したマリナーのスコアの徹底した研究の成果とも呼ぶべき演奏は、スコアを裏の裏まで読み切った者の自信のようなものに溢れていた。
私はモーツァルトに関しては、ワルターを聞いて育ったに等しいので、こういった小編成のものには多少抵抗があったのだけれど、マリナーはそうした思いこみを訂正してくれた。
で、未だにモーツァルトの交響曲と言えばマリナー一辺倒なのだけれど、細かいところまで磨き上げられたマリナーとアカデミー室内管の演奏を耳にタコができるほど(下手な慣用句でごめんなさい!)聞いた私にはビーチャムは少し大らかすぎているように思われる。
演奏スタイルは当然ながら伝統的な様式で、どこも実に立派な響きなのだけれど、音楽のつかみ方がよく言えば大きく、細かなことにこだわらないタイプ、悪く言えば大雑把で、パッと見にはきれいだけれど、よく見ると…という感じ。
特に40番の第1楽章のコーダなど、録音し直せばよかったのにと思うほどの乱れが生じていて、ちょっとドキッとした。
第2楽章の32分音符の処理が上手だなと思っていたら、メロディーが管楽器の和音に埋まってしまっていたりという具合で、仕上がりが今ひとつなのだ。
終楽章などどういう音楽にしたいのか、私にはよくわからない。ポリフォニックな部分の処理がとても雑で、ハイドンであれほど見事な演奏を聞かせたビーチャムとは思えない。
ビーチャムはどれもこんな感じなどと言うつもりはない。しかしこの40番の演奏があまり話題にならなかったのはこんなところに原因があったのではないだろうか?
ちなみにビーチャムはクラリネット無しの第1版を使っている。

大好きなト短調から書いてしまったのだけれど、39番の方がずっと良い出来である。
39番は細部までとてもよく仕上がっている名演なのだ。同じ時期の録音だと思うのだけれど…。
実はスイス・ロマンドを振った1958年のライブ録音を持っていて、これと聞き比べてみた。それで思ったのは、この曲をビーチャムが得意にしていたようだということ。
第1楽章からフレージング、アーティキュレーションまで細かな仕上がり具合で、パートの出し入れも何とも具合がよろしい。第2楽章も上品でヘ短調の部分をサラリと歌い上げて、余韻を感じさせる辺りもなかなか美しい。
第3楽章は少し遅すぎてテンポが最初はまらない。次第に落ち着いてくるのだけれど、これはちょっと?である。どうして録音しなおさなかったのだろう?
白眉は終楽章で、生気に満ち、あのくるみ割り人形で聞かせた反応のよい響きが聞かれる。ただ、時々木管が飛び出したりしていて、録音スタッフのセンスを疑いたくなる場面もあった。
それでも…この楽章だけでも良かった…そんな気になるほどである。
トマス・ビーチャムのモーツァルトは昨日からの「お馴染みさん」シリーズではちょっと期待ハズレに終わった。このシリーズはそろそろ終わりにしようと思っていたのだけれど、ちょっとこれでは終われない…。
by Schweizer_Musik | 2008-04-02 16:37 | ナクソスのHPで聞いた録音
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