紀元二千六百年に演奏された作品・演奏
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この前の夕陽の写真とほぼ同じ構図で今日の夕陽(らしきもの)を撮ってみた。高曇りというか、うっすらとした雲は日中には太陽の光が勝るものの、夕暮れとなるとどうしようもなく雲の壁にほとんどが遮られてしまう。
わずかに雲のすきまのようなところから夕焼けに染まる雲が覗いていた。けれど、雲はカーテンのようになっていては少々芸がない…。

一昨日は久しぶりの学校で、色んな意味で変化を体感した。そして私の春休みは、多くのサラリーマンの方々の顰蹙を買いつつあと一週間半続く。この間にオケものの作品を書いてみようと思っているが、授業の準備もそろそろやらなくてはならない。
場当たりでは授業にならない。意外と教えるというのは準備が大変なのだけれど、この辺が教えられる側には分からないらしい…。まっ仕方ないか。

学校に行ったついでに、ローム ミュージック ファンデーション SPレコード復刻CD集の第3集を借りてきて聞いている。
聞きたかったのはイベールの祝典序曲を山田耕筰が指揮したものと、シャーンドル・ヴェレシュの交響曲第1番を橋本国彦が指揮したものである。
両方ともステレオでの良い録音を私は持っているので、今更と言われるかもしれないが、これらは紀元二千六百年の委嘱作品で、1940年当時の日本のオケの最も上手い人たちが集まった紀元二千六百年奉祝交響楽団による演奏だという点で、とてつもなく貴重な作品であり、演奏なのだ。
とりわけこの2作品は日本人が指揮をしたという点で、いかなるレベルの演奏だったのかと大変興味が湧いてくる。
イベールはマルティノンの指揮によるものと聞きくらべをしてみた。フランス国立放送の第1オケは確かに上手いし、余裕たっぷりに演奏している。フガートでの主題の提示は山田耕筰の指揮は直裁で真っ直ぐに迫ってくるが、マルティノンはもっと陰影が深くつけられている。
しかし、初演としては山田耕筰の指揮する当時のオールスター・オーケストラは素晴らしい出来映えを示している。
オケも1940年当時、ここまでのことが出来ていたとは驚異的だ。ややピッチの甘いところがなきにしもあらずで、これは橋本國彦指揮のシャーンドル・ヴェレシュの作品で少しだけ気になるけれど、この作品が初演当時どんな音で響いたのかを知る上に大きな意義があったと思う。
敗戦後、我が国は軍国主義を生み出したという反省のもとに皇国史観を見直し、1940年にあった紀元二千六百年の出来事もなるべく触れないようにとのことで、こうした音楽を演奏することが、差し障りがあるとなったのか、日本のオケで演奏されなくなってしまった。演奏が難しすぎたわけではあるまいに…。
橋本國彦も公職追放となり、楽壇の中心から去り、日本は伊福部らの新しい楽派が台頭することとなるのだが、こうした中で紀元二千六百年の音楽は更に忘れられて行った。
シャーンドル・ヴェレシュを日本の当時の役所がシャーンドルを姓と思いこんでパンフレットを作ってしまったから、シャーンドル・ヴェレシュの名前は憶えられることなく、そのヴェレシュもハンガリーの共産主義政権を嫌い(ナチスは我慢が出来たのに、共産主義の人権抑圧は彼をギリギリまで追い込んだのだった…)イタリアに亡命してしまった。スイスはイタリアで孤独に仕事を求めていた彼にベルンの音楽院の職を提供したので、ついスイスに亡命とよく書かれるのだが、事実は少々入り組んでいる。
ともかく、バルトークのおそらくは唯一の高弟であったヴェレシュはとてつもなく偉大な作曲家であり、音楽家だった。その若き日の傑作の誕生に我が国が関わったことを忘れてはならない。
ありがたいことに、ナクソスにこの交響曲の録音がある!!数年前に出た時にあわてて秋葉原の石○電気で買ったものだが、今ではナクソス・ミュージック・ライブラリーに入っていればいつでも聞ける。購入は今でも可能なのだろうか?フンガロトンのカタログにはまだ載っているようだけれど。
ナクソスで聞くには検索のページで作曲家のところにVeress, Sandorと入れて検索をすると出て来る。
彼の作風の変遷についても今後どこかで触れていかねばならないと思っているところである。

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この写真は今朝の我が家からの写真である。朝、起きてゴソゴソしてから新聞を取りに出るついでに写真を撮るのが日課となりつつある。
by Schweizer_Musik | 2008-04-06 08:00 | CD試聴記
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