トスカニーニ・ラスト・コンサートより…
c0042908_1192770.jpg
トスカニーニは極度の近眼であったために、常に暗譜で指揮をしていたが、1954年4月4日、ついにその記憶に問題を生じ、指揮棒を置くこととなったのは有名な話であるが、そのコンサートのLPを持っていた。
ナクソスを徘徊していて、その音源を見つけて、朝から仕事をサボって聞いていたのだけれど、ステレオだったんだ…。そんなことも忘れているのだから、何をどう聞いたのか、かなり怪しいようである。
ローエングリンの第1幕への前奏曲は実に美しい演奏だ。1954年当時のステレオ・ライブ録音なのだから、多くを望むのは無理!テープ・ヒスはかなり多く、最初は聞くのを止めようかと思ったほどだ。静かな曲だから尚更である。でも、しばらくするとそれほどでなくなるのは、耳が慣れて来たからだろうか?人間の耳って凄いなぁと思う。そして金のあかして集めた腕利き集団=スーパー・オーケストラであるNBC交響楽団の真骨頂を耳にすることとなる。
2曲目はSiegfried Idyll, Op. 103とある。ジークフリート牧歌に作品番号なんてついていたかしらと怪訝に思いながら、演奏時間を見ると08:43とある。速い!!いくらなんでも速すぎる。抜粋かと思い聞き始めるとなんのことはない楽劇「ジークフリート」から「森のささやき」がはじまったではないか。
ナクソス・ミュージック・ライブラリーはこうした問題を孕んでいるので、やはり注意が必要である。サイトを作っている人達が専門の知識を持っているとは限らないし、また人間がやることに完璧はないからだ。
ともかく、これもスケールの大きい、とても良い演奏だ。
続く「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」が大熱演で、トスカニーニがこれを最後に引退するなんて信じられない名演である。
ステレオの定位が安定しない場面があったりして、問題はあるものの、彼の8Hスタジオの乾燥した甲高い響きからすれば、どれだけ気持ちよく聞けることか…。

そして問題のタンホイザー序曲である。この曲の途中でトスカニーニは記憶を失い、一時指揮を止めてしまう。ライブ中継をしていたNBC放送はすぐさまブラームスの交響曲第一番の録音に切り替えたそうだが、そうしたことが起こることを想定していたほど、トスカニーニはそれ以前から不安定だったということではないかと想像してみる。
確かにこのタンホイザーで、はじめから少し不安定な歌い回しで「アレッ?」と思うところはある。優秀な団員ばかりなので、ボロはほとんど出していないけれど、ホルンから弦、そして盛り上がって金管に巡礼の主題が移ったところで、少しだけつっかえているのだ。一人ではない、何人かでつっかえている…。指揮に何かの異常を来していたのだろう。
指揮を止めたという300小節過ぎのところも、上手に繋いであるので知っていれば「あっ」と思うけれど、知らなければ通り過ぎてしまうだろう。
そう言えば、アルトゥール・シュナーベルの演奏でモーツァルトのピアノ協奏曲第23番の終楽章。完全にストップした録音をLPで持っていた。バラバラと変な音をピアノが弾きはじめ、ついにオケもストップする。
やがて指揮者とピアニストが話し合う囁き声がかすかに聞こえると、少し前からやりなおして終わるというものだった。
コンチェルトでは経験したことはないけれど、何度か止まってしまう場面に遭遇したことがある。生身の人間がやることなのだ。間違いの無い演奏でないと困るというのであれば、CDを聞いていればよろしい。もちろんプロとしてあってはならないことではあるが、それだけで評価したり問題視するのはあまりに狭量というべきだろう。
ともかく、トスカニーニは停止した後、記憶をなんとか取り戻し、最後まで演奏した後、もう一曲「ニュルンベルクのマイスタージンガー」序曲を演奏してこのコンサートを終えたのだった。そして指揮台には二度と登ることはなかった(と言われている)。
この「タンホイザー」序曲〜ヴェーヌスベルクの音楽の演奏、そして最後の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の前奏曲の演奏が世紀の名演だと今日聞いてつくづく思ったのは、楽員たちの尋常でない集中力の賜物であるからだ。20年近くにわたって共に音楽をして来たオケのメンバーが指揮者をフォローし、いつもの演奏にするために懸命に努めているからではないだろうか?
実は、このタンホイザーを聞いて、久しぶりにこの曲で感動した。ヴェーヌスベルクの音楽がこんなに良い音楽だとは思っていなかった。NBC交響楽団の弦て、こんなにきれいだったんだ…。今更の感想ですみません!
ブルーノ・ワルターが晩年にコロンビア交響楽団とこの曲を録音しているけれど、あれ以来の感動であった。
たっぷりとエロスの世界を聞き、タンホイザーの深い深い罪を体験したところで、ニュルンベルクのマイスタージンガーに移る。
冒頭から金管と弦が微妙に合っていない…。ただ数小節の間にそうしたテンポの齟齬は修正されていることに気付くと、この演奏がコンマスと団員のフォローに結果に他ならないことがよくわかる。素晴らしい演奏であることには変わりない。しかし、トスカニーニは自分の指命を全う出来なかったということを恥じたのではないだろうか。そして引退に時を悟ったのだ。
カール・ベームのように、どこまでがカール・ベームで、どこからがゲルハルト・ヘッツェルなのか分からなくなった晩年のような姿は、トスカニーニには許せなかったのだろう。
だが、皮肉なことにそれ故にこの演奏はトスカニーニが残した演奏の全ての中でも異彩を放つ名演となったことは間違いない。そしてそれがステレオで残された。ありがたいことである。今この録音をナクソス・ミュージック・ライブラリーで聞いてみてつくづく幸せをかみしめている。
CDをどうして買わなかったのだろう…。

写真はグリゾン州のディアヴォレッツァという山頂からピッツ・ベルニナという山の方を見る外人さん(そんなことはわかっているって…笑)。
by Schweizer_Musik | 2008-06-30 11:11 | ナクソスのHPで聞いた録音
<< ストラヴィンスキーの七重奏曲に... ラヴェルのピアノ協奏曲の演奏あ... >>