シューベルトの交響曲 第7(8)番 ロ短調「未完成」
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作曲 : SCHUBERT, Franz Peter 1797-1828 オーストリア
作品 : 交響曲 第7(8)番 ロ短調「未完成」D.759 (1822)

この作品のCDを買ったのは、全集などでくっついてきたものを除けば、このクリュイタンスのものが最後だったような気がする。
はじめて聞いたのは叔父さんに買ってもらったカラヤン指揮のLPだった。クラシックのレコードとしてはイ・ムジチ合奏団の「四季」などと共に歴史に残るベストセラーだったものである。A面はもちろんベートーヴェンの「運命」で、弾丸ライナーでぶっばす「運命」も爽快だったけれど、この「未完成」のロマンチックな雰囲気に中学一年だった私は心ときめかせたものである。
考えてみたら、この曲を聞いた最後はシュナイト指揮の神奈川フィルの定期だったし、その前はもう随分昔になってしまう…。こんな風に書くと「嫌いなのですか?」と言われそうだが、そんなことはない。でもあまりに子供の頃に聞きすぎたこともあり、つい縁遠くなってしまっていた。
久しぶりにクリュイタンスのCDを聞き、昔日のときめきを思い出すことにした。最近の古楽器によるこの曲の演奏では到底思い出すどころではなかっただろう。実はナクソス・ミュージック・ライブラリーで聞こうと思ってイヴァン・フィッシャー指揮のものを聞き始めて(古楽器ではないけれど)どうもしっくり来ず、これを思い出してとりだした次第である。
何がしっくりこないかと言えば、テンポであり、歌わせ方であった。録音は新しい方が良いに決まっているけれど、聞き込んだバランスというのは容易に新しいものに置き換わらないものである。
このように「手垢」のついた大名曲は、昔聞きなじんだものを覆す説得力のある名演とはなかなか生まれ得ないもののようだ。古いヘルベルト・フォン・カラヤンの板起こしがあったので、それを聞いてようやくピンときたのだから、この曲に関して言えば筋金が入っているようである。
そんな録音で楽しむくらいならとクリュイタンスを取り出したわけで、その柔らかな抒情と歌い回しは私の刷り込みにピタリとはまってくれた…。
カラヤンの1960年代のグラモフォン録音がすり込みとなっている私には、このクリュイタンスの指揮するベルリン・フィルの「未完成」はピッタリなのだ。
この録音が1960年11月であるが、その三年ほど前にフェレンツ・フリッチャイが同じオケとグラモフォンに録音しているが、モノラルの少々古風な録音ながら歌わせ方に特徴があり、それが今ひとつ私の好みにあわず、一度聞いたきりになっている。
さて、こんなことを思い出しつつ、ブルーノ・ワルターのニューヨーク・フィルハーモニックの名盤を聞いてみた。
これだと思った。いや、カラヤンの録音以上に聞き込んだのはこの演奏だった。モノラルのフィラデルフィア管弦楽団との録音を廉価盤のシリーズで聞いてから、この演奏をどうしても聞きたいと思い、ようやく聞いたのは中学の終わりだっただろうか?
微妙なテンポの変化が、音楽の性格を明確に描き分けていく伝統的な演奏で、何しろメロディーを深いブレスでよく歌う…。これぞシューベルトという演奏だった。それでいてベタベタした音楽とならないのはブルーノ・ワルターの指揮のテンポの良さだ。たっぷりとしたテンポで第1楽章の第2主題の再現を終えて、コーダに移るところの深い呼吸はもう絶妙だ…。
ピエール・モントゥー、ヨーゼフ・クリップス、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーと古くからの演奏で良いものも多い。そしてギュンター・ヴァントの素晴らしい全集、カルロス・クライバーやヘルベルト・ブロムシュテットといった少し新しい録音もある。全部とりあげていたらきりがないので止めておくけれど…。
名曲中の名曲。聞いてみてやはり感動した。
by Schweizer_Musik | 2008-07-10 11:31 | CD試聴記
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