夏…涼しくして音楽を聞こう -21. リストの巡礼の年 第1年「スイス」
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作曲者 : LISZT, Franz 1811-1886 ハンガリー
曲名  : 巡礼の年 第1年「スイス」S.160 (1848-54)
演奏者 : 津田理子
CD番号 : Cypres/CYP 5616

この作品は、私の最も愛する音楽の一つである。
若い音楽家が、お金持ちの美しい奥様と理無い仲となる(読めます?)などという程度の話なら、掃いて捨てるほどあった19世紀の上流社会だけれど、若いリストとダグー夫人の間では、妊娠という問題が付け加わり、二人はパリのサロンから姿を消して、スイスへと逃れることとなる。
バーゼルで落ち合った二人は、スイス国内を旅して回っている。
バーゼルはスイスの北の町だけれど、そこからザンクトガレン、ヴァーレンシュタット、リギ山、そしてウィリアム・テルの聖堂を経てアンデルマットから谷を下り、フルカ峠を越えてブリークに泊まり、そこからレマン湖へ出てジュネーヴへと向かった。
身重のダグー夫人がこの旅を行ったということ自体、もう驚異的としか言いようがなかけれど、夏から秋にかけてこのスイスの逃避行は、二人にとって全く展望の無い旅だっただけに、更に固く結びつくこととなったのだろうと思う。
この中から書かれた作品が、旅人のアルバム S.156 (1835-36)であった。
書かれたのは、ダグー夫人とスイス中を旅した、、ジュネーヴに落ち着いてからのことだったが、全部で三巻からなり、曲数も19曲であった。1842年に出版された曲集からリストは再編して巡礼の年第1年「スイス」を十年以上経ってから出版していて、これが最終稿として多くのピアニストに演奏される名作となった。
この曲集では特別な大作である「オーベルマンの谷」はスイスに実在せず、セナンクールの小説からインスピレーションを受けた作品だとのことであるが、その他の作品はスイスの風物から直接インスピレーションを受けたもので、いずれもリスト自身が訪れたところにまつわる作品である。
第一曲「ウィリアム・テルの礼拝堂」は、四森林州湖(ルツェルン湖)の湖畔の村フリュエレンからジシコンに向かう途中にある小さな礼拝堂で、伝説の英雄が祈りを捧げた礼拝堂と信じられているもの。スイス建国の物語を表したスケールの大きな作品。旧作からかなり手が入り、印象は随分異なる作品になっている。旧作が力でねじ伏せたような大作であったのに対して、改訂後は即興的なこけおどしから充実した筆致へと変身を遂げている。

第二曲「ヴァーレンシュタットの湖」は私が愛してやまない作品。右手はアルペンホルンのメロディーを奏で、左手は湖水を行く舟を漕ぐ櫓の動きを表している。ダグー夫人はリストからこの曲を聞かされて、涙が溢れて止まらなかったと書き残している。
以前、友人にして敬愛するピアニストの津田理子さんが、コンサートのアンコールとしてこの曲を弾きはじめた時、あのヴァーレンシュタットの湖畔の風景が一気に目の前に広がり、つい涙が出てしまった…。この作品はほぼ最初の形を残しているようだ。

第三曲「牧歌 パストラーレ」は、旧作の第2巻「アルプスの旋律の花」の第3曲からの編曲で、調も変えられてかなり手が加えられている。本によっては新しく書き加えられた作品となっているものもあるようだ。

第四曲「泉のほとり」は前曲から続けて演奏される作品。後の「エステ荘の噴水」、更に続けて言えばドビュッシーの「水の反映」やラヴェル「水の戯れ」に繋がる表現の端緒がここの聞かれ、この小さな作品が一つの流れの源となっていると思うと実に面白いと思う。

第五曲「嵐」はアイデアとしては旧作の第3集パラフレーズ」の第2曲「山人の歌による夜想曲「山の夕暮れ」の中間部からと思われるものの、この曲はほぼ全面的に新しく書かれた作品である。
嵐を表現するのは、激烈な表現が許される題材だけに様々な表現方法を考えることが可能で、ヴィヴァルディの時代から音楽家の一つの楽しみである。ここでのリストの表現は激烈を極めていて息を呑む思いである。

第六曲「オーベルマンの谷」は、この曲集の中でも桁違いのスケールの作品で、この曲だけ取り出して演奏されることも多い。
前述の通り、オーベルマンの谷はスイスに実在しない。私がスイス好きということで、二度ほどオーベルマンの谷はどこですかと尋ねられたけれど…(笑)。
オーベルマンとはセナンクール(Etienne Pivert de Senancour 1770-1846)による「オーベルマン Oberman」(1804年刊)という小説に由来していて、無神論者でありストア主義者だった著者の心情を反映して、「私は何を望むのか? 私は何者なのか? 自然に何をたずねうるか?」と、心迷うままにさすらい歩いた主人公オーベルマンの心を描いているのだそうだ。(音楽之友社刊「名曲解説全集」)
いかにもロマン主義の芸術家が飛びつきそうな題材である。リストの当時の心境にピタリとはまったものなのだろうか?これは、旧作の第1巻「印象と詩」の第4曲に収められている。

第七曲「牧歌 エグローグ」は旧作の曲集にはなく、1835年頃に書かれた作品を元にしてこの曲集に加えられたものだそうだ。アッペンツェルはスイス東部の山岳州で、牛追い歌などのメロディーが有名だけれど、それらの民謡をもとにリストが作曲した作品で、前曲の「オーベルマンの谷」の深刻な表現と一対を成している。

第八曲「ノスタルジア」は第2巻「アルプスの旋律の花」の第2曲から1853年に大改訂をされて収められた。自分の唯一の死に場所こそアルプスである」とパリから友人に書き送ったオーベルのマンのアルプスへの郷愁を曲にしたものと言われている作品で、長く住んだジュネーヴを離れてアルプスへの郷愁がこの曲に込められているように私には感じられるのだけれど、如何だろう?

第九曲「ジュネーヴの鐘」は、リストとダグー夫人との間に生まれた第1子である娘ブランディーヌ(Blandine)誕生(1835年12月18日)を祝う曲で、旧作では第1巻「印象と詩」の第4曲に収められているが、演奏時間12分ほどの大作だった。それを半分の6分ほどに改作したものが曲集に収められている。

これを聞くにはラザール・ベルマンやヘルヘ・ボレなどの名演もあるが、私は敬愛する津田理子さんの滋味豊かな演奏で聞くことを最大の楽しみとしている。
写真は、パリを逃れたリストとダグー夫人が落ち合ったライン河畔の町バーゼル。ダグー夫人が泊まったというホテル「ドライ・ケーニゲ」は今年改装が終わるはずで、この写真を撮った2005年はまだ工事中だった。
左の塔は、大聖堂のもの。この町の比較的穏やかな宗教改革は、この大聖堂から始まった…。

8/9 12:17追記
下の写真は、かつてジュネーヴに住んでいたフランツ・リストが使用していたと伝えられるピアノ。
チーズでも有名なフランス語圏スイスの魅力的な村、グリュイエールのお城に置かれている。どうしてここにあるのかは、結局詳しいことがわからないので、リストのものという説明もすこぶる怪しいものではあるが、このピアノを使って巡礼の年第1年「スイス」を録音したCDがあるほどで、確かにリストがこのようなピアノをジュネーヴで持っていたことだけは事実のようだ。
近くにはバルトークがパウル・ザッヒャーの招きで滞在し、弦・打・チェレスタのための音楽や弦楽のためのディヴェルティメントなどを作曲した山荘もある。
そして、チーズ・フォンデュに欠かせないグリュイエール・チーズの本場でもある…。
ああ、ここに泊まって夜食べたチーズ・フォンデュは、今まで食べたフォンデュの中でも特別に美味しかった。懐かしい想い出である。小さかった我が子に対しても、ホテルのマダムはとても優しくしてくれた。
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by Schweizer_Musik | 2008-08-08 09:52 | 夏…涼しくして音楽を聞こう
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