ハイティンクのマーラー「夜の歌」
作曲者 : MAHLER, Gustav 1860-1911 オーストリア
曲名  : 交響曲 第7番 ホ短調「夜の歌」(1904-05)
演奏者 : ベルナルト・ハイティンク指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
CD番号 : PHILIPS/442 050-2

今日の仕事はお終い。良いお天気の最後に美しい夕焼けがあった。富士山は結局見えなかったが、夕映えの美しさは絶品だった。
こんな日の黄昏時。先日yurikamomeさんにお借りしたハイティンクのマーラー全集から、七番あたりが相応しいと聞き始めた。
いやなかなか良い…。はじめから予想していたものの、若い時代のハイティンクのマーラーは素晴らしいではないか。オケの響きの美しさ!
冒頭のテノール・ホルンは抑えた表情で始まるが、クラ等が受け継いて行く中、太書きの楷書のような力強さが加わっていく。この流れの中で確信に満ちた解釈とそれを受け止めるオケのとてつもない力量に圧倒されてしまった。
ギーレンの刻みをはじめかなり個性的な解釈の録音はともかく(あれもなかなか興味深いものであったが…)ロスバウトの古い録音など、ナクソスには実に興味深い録音が存在しているし、我が家にもクラウディオ・アバドやバーンスタイン、クーベリック、テンシュテットなどの全集とともに、最近リファレンスとして重宝しているティルソン・トーマスの録音などがあるけれど、このハイティンクはそれらと真っ向勝負で勝っているように思う。
まっ、音楽なので、こうした比較は大して意味を持っていないけれど、説得力は絶大だった。
暗くなってきたところで、第2楽章の夜の歌が始まる。ホルンの掛け合いは夕べの合図なのだろうか。こうしたサインにホルンやトランペットは昔から使われてきた歴史があり、この作品もそうした伝統から生まれているのである。
で、この曲の独特の調性感!。ハ長調とハ短調を自由に行き来することでのどこか引き裂かれたように音楽の二面性の強調と、カウベルなどの響きとホルンの音による牧歌的な性格の強調という、なんとも多面的な性格を有しているのである。
第3楽章のスケルツォでふとサーフェイスノイズの多さに気付く。フィリップスの録音がとてもバランスが良いので、あまり気にならなかったのだけれど、無音の瞬間にはやはり時代を感じさせる。
1969年12月録音なのだ。ノイズは年代を考えれば水準をクリアしていると思うが、こうしたところは最新のものの方が良いなぁと贅沢を言ってみたり…(笑)。
アンサンブルは奏者の反応の良さが特徴。だからスケルツォの聴き応えは最高だ。私が音楽を聞き始めたばかりの頃は、ハイティンクは音楽評論家から木偶の坊のような言われ方をしていたけれど、彼らは一体何を聞いていたのだろう?不思議でならない。
コンマスは記載はないけれど、間違いなく(私の耳を信じて…)名手クレバースだろう。
第4番などでのソロも多分…クレバースに違いないのだけれど、シェエラザードなツァラトゥストラなどでのソロの見事さを聞いた人達なら、彼がどれだけ凄いヴァイオリニストだったかわかると思う。
二十代にしてウィレム・メンゲルベルクとロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の定期にソリストとして立っていた天才だったのだ!!
そのソロは、この曲の至る所で聞くことができるけれど、第4楽章でマンドリンなどのチリチリと可愛い音の影からフワリと浮かび上がるクレバースのヴァイオリンと彼が率いる弦セクションの美しすぎる響きに、魅了されない人は居ないのではないか?
フィナーレの素晴らしさをここでダラダラ書いても仕方がない。ああ楽しい夕べの時間だった…。
快くお貸し下さったyurikamomeさんに感謝!!みなさんもハイティンクの若い頃も一度ご賞味あれ…。
by Schweizer_Musik | 2008-10-02 20:19 | CD試聴記
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