2005年 04月 13日 ( 2 )
やっと第2章のほとんどが出来る
かなりの難物だったが、なんとか出来た。あと前文がちょっとうまくいかない。なかなか難しいものだ。前文だから書きすぎてもいけないし、だからといってガイドブックのように内容のないものになってもつまらない。
宗教改革や歴史について触れすぎても硬すぎて読む気にならないのではと思うので、その方面はカットしつつも、中世の音楽について語ろうとすれば、どうしても宗教改革のついての基本的なことだけは抑えておかないといけない。何しろルターしか宗教改革をしていないと本気で思っている人が私のまわりに少なくとも10人はいる。また宗教改革って何って聞いてくる人はその数倍はいるようだから・・・。
各章の頭にのせる地図はなんとか完成した。明日はちょっと出かける用事があるので、あまり進まないかも知れないので、今日はもう少しがんばっておくつもり。
それにしても何とか終わりがかすかに見えてきた。どんな感じになるか、本にまとめるとはなかなか大変だが、方向が定まってくると何だか面白さが出てきた。
チューリッヒのことを思い出しながらの原稿書きは、本当に愉しく、写真など眺めていると、つい時間が過ぎてしまう。
by Schweizer_Musik | 2005-04-13 23:56 | 原稿書きの合間に
チューリッヒのトラム
久しぶりのスイス旅行から一ヶ月。今もその余韻に浸りつつも現場復帰?に向けて忙しい日々を過ごしている。
作曲家ブラームスが滞在したというフルンテルン。あるいはヘルマン・ゲッツが住んでいたというホッティンゲンがチューリッヒ中央駅から意外に遠いことに驚いた。トラムでほとんど移動したのだが、トラムが無かったとしたら馬車などの乗り物が身近になければとても外出が大変だろう。
ブラームスは朝5時に起きて、10時には近くのチューリッヒャーベルクの森へ散歩に出かけ、お昼にはチューリッヒ市街のレストランで昼食をとり、午後はヴィンタートゥーアなどの友人の家に出かけ、そこでピアノを弾いたりして過ごしたと言う。この移動は列車であったはずだが、チューリッヒ市内はどうだったのか?歩くのが好きだったブラームスだけに、全部徒歩だったのか。
音楽とは全く関係ない話かも知れないが、スイス好きにしてみれば、こんなところにもこだわりたいのだ。それによって更に生き生きとスイスのブラームスが見えてくるのではないだろうか。
現在、このチューリッヒのトラムの開通(区間はわからないが)についてどうも20世紀はじめらしいということまではわかったが、19世紀半ばのチューリッヒの人々の日々の生活の足は一体何だったのか。疑問だ。
これは旧市街だけの話ならなんということはないのだが、郊外まで範囲を広げると、意外にチューリッヒというのはリトベルク、チューリッヒャーベルクという山が意外と高く、高低差の大きい町なのだ。
大学に上がるケーブルカーの他にも市内にはケーブルカーがもう一つある。そんな町でブラームスやゲッツはどういう生活をしていたのだろう。
by Schweizer_Musik | 2005-04-13 09:59 | 原稿書きの合間に