2005年 04月 15日 ( 1 )
学校がはじまった
今日は久しぶりの授業であった。オーケストレーションについて朝9時半から夕方3時半過ぎまで、昼食をとる時間もなく、ほとんどアドリブでしゃべり続けた。準備がほとんど無駄になってしまい、二つのクラスでやることを分けていたのだが、それが区別がつかなくなってしまった。ああ疲れた・・・。
しかし、ヤマハ時代の研修癖がようやくなくなったようだ。四年もかかってしまった。学生を教えるのは研修のようにはいかない。モチベーションがないと休むようになり、「つまらない授業」の烙印が押されてしまうともう立て直すことは不可能に近いだろう。
準備をものすごくするようになったが、ヤマハの指導スタッフの頃の準備とは大分違う。あちらの方が楽だったと思うが、これは今にして思うだけで、当時はそれはそれで真剣だったのである。まぁ、授業の方は毎週やって何かが出来るようにして行くわけで、研修のようにまとめてやるものとは根本的に違うのは当然だ。
で、この癖が抜けなくて最初は大分迷惑をかけたように思う。誰も教えてくれないのは当然だし、それをどう直すかも自分で考えてやらねばならない。二十年かけて作り上げた癖というのは、一朝一夕にはとれないものだ。何と言っても相手がそれを受けたいとは決して思っていないのに、毎週会わなくてはならないというのは、それを意義あるものにするための知恵がいるものだ。研修会のように終わればそれで忘れるというわけにはいかない。だから感情的なものもそこには深く存在するし、うまく相手に取り入らなくてはならないし、そこにある種の権威を持っておかなくてもならない。
いゃー、なかなかこれはこれで大変だ。
今日の授業は人数が多い。30人ほどを相手に作編曲の授業をするわけだが、その多くが楽譜を書いたことがないという強者どもである。それでも一年たつと四重奏か五重奏のスコアを書いて、音だしが出来ていなくてはならないし、去年も一昨年もそうしてきた。さて、今年はどうなるか。フィナーレを持っている者が二〜三名はいるようだが、大方が手書きでやるという。五線紙の指定もしたが、これだと移調楽器などのミスも考えておかなくてはならない。決して単純にはいかないのだが、何しろ人数が多い。30人のクラスと18人のクラスなのだ。30人のクラスの授業では全員のキーボードはあるが、講師用のピアノはないし、18人のクラスでは講師用のグランド・ピアノはあるが、学生達用のキーボードがない。それに五線黒板もなく、かなり授業は苦労した。ひょっとしてと思ってCD−Rを作っていったのだが、それが無かったと思うとぞっとする。昨日の夜、いきなり作ったのだが、これなしで授業をすることは不可能だっただろう。
いずれにせよ、この人数で作編曲の授業をして、成果をだすのは至難のことだ。しかし、わざわざ私の授業を選んでくれた学生たちにテキトーでいい加減な授業は出来ない。今日のアドリブも準備していたから出来たのだから、これで来週もというのは駄目に決まっている。ああしばらく忙しい日々が続きそうだ。
授業が終わり、控え室に帰り、授業の報告書を書いているとI先生が来て、来週からの授業の打ち合わせを行った。その後、来週の授業で使いたい曲の音源で、今手元にない曲のCDを借りにに資料室へ、その後、お昼に電話ががかってきた教え子で二年前の卒業生のN君と飲みに行く。池袋で会って、今度出すCDの曲なのだけれどと差し出された作品をヘッドフォンで聴いて、いくつかの問題点を指摘した。その話だけで二時間近くかかった。地下の喫煙ルームみたいなカフェでやったので、しっかり煙草の煙で燻されてしまった。そして彼と以前言った飲み屋で飲む。洒落た店で、今回も盛り上がって結局終電前の列車になってしまった。やれやれである。
しかし疲れ果てた一日。明日は寝るぞー。
by Schweizer_Musik | 2005-04-15 23:59 | 日々の出来事