2006年 08月 26日 ( 2 )
今日の一曲 (10)
今日の一曲はイベールのフルート協奏曲。
一番好きな作曲家は誰ですかと、結構よく質問を受ける。その時にあげる作曲家がイベールなのだが、たいていの人は意外な顔をする。ベートーヴェンやモーツァルト、バッハと言ってあげれば喜んでもらえるのかも知れないが、私はへそ曲がりなのだ!
しかし、一番好きな作曲家って言われても返答に窮してしまう。オネゲルだってショスタコーヴィチだっていいのかも知れない。(ちなみに私の中での作曲家の格付けではこの二人は全く同格の最高ランクなのだが、こう言ってももの凄く意外な顔をされる…。余程私は変わっているらしい)しかし、いつもつきあうには彼らの音楽の多くが重すぎる。私はもうちょっと軽薄なもので良い。それでいて、最上の質感をもつもの…こんな風に考えると、もうイベールしかいないじゃないかと思う。オーリックでは軽すぎるし質感も少々安っぽい。レ・フレムも良いし、ケックランでも良いのだが、才気活発という感じがなく、私の脳を刺激してはくれない。
その点、イベールはどこをとっても面白い。最高度の技術で書いている。オーケストレーションはラヴェルと同じ水準に達し、まさに魔法のようだ。
その彼のフルート協奏曲をとりあげる気になったのは、ただ単に偶然聞いたからに過ぎない。組曲「パリ」でもディヴェルティメントでも木管五重奏でもよかった。いやチェロと木管楽器のための協奏曲だって良かったのだが、あまりにマイナー過ぎると言われているので、ひねりすぎないようにしたつもり。
それに、この曲にはハッチンズの決定盤がある。
こんなフルート奏者を団員に持つオーケストラなら、上手いに決まっている。事実、このオケとデュトワによるいくつかの録音は、定番中の定番(変な言葉でごめんなさい)になっているではないか!
終楽章の軽いタッチの無窮動でちょっとジャージーな音楽を、品良く仕上げるあたりはまさに名人芸!
ジャン=ピエール・ランパルの録音はオケがヘボで困ったものだ。(ERATO/B18D-39154)フルートがいくら良くても、ピッチすらきちんとしていないようではとても楽しめない。(しかし私は長い間このランパルの演奏しか知らなかった)グラーフの録音もフルートがとても立派であるが、全体に重い。曲の内容に対して重厚で味が濃すぎるようだ。(Claves/K32Y 298(CD 50-501))
マリオンの録音はかなりよろしいが、やはりオケの技術に不安がある。響きのバランスがうまくとれていないところがあって、テンポや音楽のとらえ方はとてもいいのだが…。(DENON/33C37-7923)
他にもいくつかの録音があるが、私はこのハッチンズの録音で満足しているので、もうあれこれ買う気はいまのところない。
by Schweizer_Musik | 2006-08-26 01:19 | 今日の一曲
今日の一曲 (9)
暑い日が続くが、この暑い中、あるクリスマス・ソングの思い出話を一つ披露させていただきたい。私は昔ヤマハに勤めていたのだが、長崎を担当していたときのことである。
もう20年近く昔の話だ。冬の忘年会の最中にある幼児科の若い講師が入院することになったという知らせを聞く。彼女の名前はあえてここではAさんとしておこう。彼女は遠隔地の幼稚園などを中心に担当する若い講師で、まだ働きはじめて三年程度だったと思う。
誰からだったか、すぐに彼女が悪性の腫瘍で余命三ヶ月と診断されたことが私に伝わってきた。私はその地域のまとめ役をしているベテランの講師などと一緒の彼女の病室を二度ほど見舞ったが、会う度にやつれていく様子に胸が締め付けられる思いだった。
結局、彼女は手厚い看護もあり、半年あまりを病院で生きたのだが、ヤマハの講師は一年の委任契約なので、毎年、春に覚え書きを交換し、契約を更新するのだが、それを私は彼女のために病院で行った。病気になったためにヤマハを辞めなくてはならないと不安に思っていると前に一緒に見舞いに入ってくれたスタッフから聞いたためだ。
万事に控えめな女性だったが、きめ細かい愛情の持ち主で、子供たちにも慕われ、仲間の誰からも愛されていた。その彼女がそれほどヤマハの幼児科の仕事に誇りと愛情を持っていてくれたのかと私は痛切な思いでその話を聞いた。
前例のないことだったが、私の一存でしたことだったが、誰も何を言わなかった。しかし、印鑑を押したり、名前を書くことすら大変な様子で、彼女がすでに医師から宣告されて余命を越えて生きていることを痛感させられたことも事実だった。
彼女は病魔に冒されながらも最後まで復帰への思いを持ち続けて、六月のある日亡くなった。暑い日だった。葬儀の悲しさは何とも書きようがない。若い人が亡くなった時の悲しさはもう…。
友人や仲間たちが、Aさんの好きな曲だけで追悼演奏会をしようということになった。私も出かけた。ご遺族の方が最前列に座り、講師仲間がAさんの好きだった歌を歌い、好きだった曲を演奏した。その中にアダンの「ホーリー・ナイト」があった。1852年にアダンが作った3つのクリスマスの歌の中の一曲であるが、この曲がその演奏会のトリだった。
この曲を聞くと彼女のこと、暑かったあの日、長崎の町並みが目に浮かんでくる。
Aさんの家族にもう音楽をする人がいなかった。お父さんと弟だけが残されたのだった。(お母さんは早くに亡くしていたそうで、彼女は母親役でもあったようだ。そのことを私は不明にも知らなかった…)
ご遺族は、彼女のピアノを音楽の普及に使って下さいと、所属していた楽器店のある教室に寄贈してくれた。
今、CDの整理をしていて、カラヤンとレオンタイン・プライスによるクリスマス・ソング集のCDを見つけて、何年ぶりかでこの曲を聞いて、あの追悼演奏会での悲しい「ホーリー・ナイト」を思い出していた。
by Schweizer_Musik | 2006-08-26 00:51 | CD試聴記