2008年 03月 31日 ( 3 )
春はあけぼの…音楽を聞こう -26, イッポリトフ=イワーノフの「春の序曲」
イッポリトフ=イワーノフの「春の序曲」Op.1を聞く。グルジアの作曲家で現在のトビリシで教鞭をとったという。
有名な作品は組曲「コーカサスの風景」であろう。いや、その中の「酋長の行進」が有名で、それもまともに取り上げられることは滅多にない。
さぞ、つまらない作曲家なのだろうと思われるかも知れないが、私のようなB級グルメ派には、なにやら面白そうな(美味しそうな)予感のようなものをかぎつけてしまうのだ。
大体グルジアなんてどこ?という人もいるかも知れない。そういう方はこちらでどうぞ!

ともかく、この作曲家、私のようなB級グルメ・レポーターを感動に打ち震えさせる音楽がたくさん…。
これもナクソスにある。何年か前にマルコポーロ・レーベルを中心に数多くのタイトルが廃盤になって、買いそびれたままになっていた録音だったので、ここでの発見はうれしい限り。
さてさて「春の序曲」は1882年の作ということで、23才の作品である。作品番号1が示す通り、未熟ながらもこれから世の中に自らを羽ばたかせようという意気込みに満ちている。
円熟した作品も良いが、こうした「若さ」もまた良いものだ。モードの扱いなどにリムスキー=コルサコフの影響は明らかだけれど「出来損ないのリムスキー=コルサコフ」などと悪口を言う前に、虚心坦懐にこの音楽を楽しんでみられてはいかが?

ところで、この曲をおさめているナクソスの曲目の表示はちょっと…問題ありだ。
「春の序曲、「3つの音楽のタックスブロー」とあるが、何のことかさっぱり分からなかった。よく見ていると3曲セットの曲はOp.56の「オシアンからの3つの音楽的絵画 」だろう。URLの表示に"Three Musical Taxbleaux"とあるから、これを打ち間違い、そしてそれを無理矢理訳したところに問題が起こったものと推察する。絵画がいつの間にか何かの税金になっているのは皮肉のつもり?なのだろうか(笑)
曲目の表示では"3 Musical Tableaux from Ossian, Op. 56"とあるので間違いないのだが…。
昨日の今日で申し訳ないが、敢えて苦言を呈したい。またマルコポーロ・レーベルのものの多くが曲目の英語解説を載せてくれていて、私のような物を知らない者にとってものすごくありがたいものであったが、これには無い。他で聞けない音源の、調べようにもなかなか難しい作品の解説であるだけに、ぜひ載せてほしいものだ。
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花冷えの一日だったけれど、夕方になって雨が上がる。今日の夕焼けは美しかった。左端のなだらかなスロープは富士山。山頂を隠す雨雲の名残は暗くなるまでとりついて離れなかった…。
by Schweizer_Musik | 2008-03-31 18:59 | 春はあけぼの…音楽を楽しもう
前デンマーク国王フレデリクIX世の指揮を聞く
一つ前のエントリでも触れたけれど、前デンマーク国王のフレデリクIX世の指揮した録音を聞いてみる。
1947年から1972年に在位していた国王であり、父のクリスティアンX世は1912年から1947年まで国王の位にあり、第一次大戦での中立、そして第二次大戦でのナチスの占領下(保護国)での生活を国民とともにして、祖国がナチスに協力することを最小限にした。ナチスがユダヤ人にベツレヘムの星の徽章をつけさせよと要求した時、その徽章をクリスティアンX世自らつけて抵抗したという話もあるそうだ。
その偉大な父の下に生まれたのがこのフレデリクIX世であった。
CDを持っていたはずなのだけれど、どこに行ったものか皆目わからず、ナクソス・ミュージック・ライブラリーのお世話になる。(ずいぶん安い値段で買った記憶はあるのだが)
まずワーグナーの「タンホイザー」序曲である。冒頭のホルンのアウフタクトがどうしたものか一部欠落しているが、他は古い録音らしいノイズがのっているものの、なんとか聞くことができた。
デンマーク国立放送管弦楽団がどれだけの腕前かしらないけれど、まずは合格点と言ったところであろうか。バランス的に耳慣れないところもいくつかあるけれどコーダへの運びで胸が熱くなった。この指揮者はやはり本物の何かを持っていると思う。
リハーサルはどうやったのだろう。国王自らリハーサルを行ったのだろうか?だとしたら第一級の腕前である。
続く「リエンツィ」序曲はタンホイザーの四年後の録音で、音質など改善が著しい。まずはこの録音からお聞きになられることをお薦めしたい。
これもリハーサルから国王がやっていたのだろうか?途中、いささかリズムが重くなってしまっているのは惜しいところだが、全体としては満足のいく演奏である。オケも第一級の響きで、ブッシュなどが指揮していたこのオケ、決して侮ってはならない。
CDでこれ以下の出来で、並み居る評論家から絶賛を受けていることなど、ザラにある。

続いてベートーヴェンの第7番。1954年の録音である。第1楽章の序奏から主部に入るところは実に自然なテンポ設定で、ただ者ではないなと思わせるが、全体にはややリズムに張りがないというか、重さが感じられるところが惜しい。スケール感はあるが、この曲にはもっと力感と前進力が欲しい。
またトゥッティのところでの若干のアンサンブルの乱れと奏者のミスによる音の濁りは惜しい。ライブなので仕方がなかったのだろう。今ならゲネプロから録音しておいて、問題のある場所は差し替えるのだろうが…。
第2楽章はロマンチストらしいよく歌う演奏で、大変優れている。わずかなテンポの動きでそれぞれの部分の性格を印象づけるあたりはなかなかのものである。
第3楽章は予想通り切れが悪い。ここまでの演奏から十分予想できたのだが、まさに的中。破綻しているわけではないが、何ともおっとり刀のスケルツォになっているのは残念。品が良すぎるのだ。ベートーヴェンのスケルツォはもっと力強く、生命力の横溢が無くてはならぬ。
終楽章は立派な演奏だが、やや大人しすぎるようにも感じる。第2楽章が一番良かったということ。

1枚目の最後にはグリーグの2つの悲しい旋律から「過ぎゆく春」が入っていた。寒い雨の日曜日。いかにも花冷えの今日にピッタリの曲で、国王のテンペラメントにピッタリの作品で、予想通りの名演だった。
というわけで二枚目にはゲーゼの作品1となる序曲「オシアンの余韻」(1840)が冒頭にあり、続いてボアセンの歌劇「王の客人」(1919)の前奏曲が演奏されている。
ゲーゼの曲は14分あまりの力作で、聞き応えあり。スケールの大きな演奏で録音さえよければ十分今でも通用する出来映えである。
ちなみにシューマンがG-A-D-Eという音を並べて「北欧の歌」というピアノ曲を書いて、ゲーゼに音楽の挨拶を贈ったのは有名である。
この作曲家のかっちりとまとまったロマンチックな交響曲はなかなか良いものだと思うのだが、どうも今ひとつ人気が出ないのは不思議である。作品1の「オシアンの余韻」はスケールの大きな管弦楽作品で、メンデルスゾーンなどの影響を受けつつも、独自の少し暗く、重い響きと古典的な明晰さといった相反する性格を統合したゲーゼ独特の個性がすでに息づいた名作だ。
ボアセンは、ニールセンに至る前の時代のデンマークを代表する一人忘れてはならない作曲家で、その代表作の一つであるの歌劇「王の客人」は1919年の作。ここではその前奏曲が演奏されているが、ありあまる管弦楽法の技術で、聞き応えのある作品である。ちょっとワーグナーの影響がうかがえるが…。
そして最後のベートーヴェンの「英雄」はテープ録音の初期のものらしく、ワウが多く、テープのちょっと状態が良くないようで、冒頭は聞きづらいが、安定してくると、演奏のプロポーションの良さに耳が釘付けになる。
ただ、状態は冒頭のタンホイザーに次いで悪く、普通にお薦めできるものとは言い難いが、第7番よりもずっと緊張感もあり良い演奏だ。この難物をここまで表現できるというだけでも、この王様の音楽的技量と音楽性はかなり高いものと思う。
ナクソスに入っておられる方は一度ご賞味あれ!!
by Schweizer_Musik | 2008-03-31 10:40 | ナクソスのHPで聞いた録音
ホルンボーの音楽 -1-
ホルンボーを聞き 、色々と考えてみた。

ホルンボーについて、その略歴などの詳細についてはNORDIC FOREST-北欧のクラシック音楽というサイトを参照されたし!(このサイトがとりあげている作曲家の名前を全部知っているという方は多分…いないのではないだろうか?私は恥ずかしながら半分ぐらい…である)

ホルンボーは1909年に生まれたデンマークの作曲家である。
デンマークは王国である。かつての王様だったフレゼリクIX世(1899-1972)は無類の音楽好きでオーケストラを指揮した録音も残っている。この録音もナクソス・ミュージック・ライブラリーにある。ホルンボーと関係ないが、この王様の指揮は紹介したくなるほど上手い!ベートーヴェンの「英雄」など下手な演奏は山のようにあるが、この王様…なかなかやるのである。
このような文化的なお国柄であるから、小国ながらなかなか大した音楽家を輩出している。ニールセンが最も有名だが、ふるくはブクステフーデという大家を生んだ国であり、フリードリヒ・クーラウなどもドイツで修行し、デンマークで活躍した作曲家として名を成している。
二十世紀に入るとランゴー、ニールセンという巨頭が出てきたが、その後を引き継いだのがこのホルンボーだった。とは言え、はじめこそ華々しかったランゴーが、その後方向転換してロマン主義にグッと舵を切ったため、ランゴーが理解されるのはずいぶん後で、やはり一般にはニールセンからホルンボーという系譜が正しいようだ。

ニールセンのシンフォニストとしての資質、新古典主義的傾向をデンマークの民族主義と合わせて受け継いだのがホルンボーだと私は考えている。
長生きしたこともあり、また晩年に至まで正当な評価を受けつつ、創作力が衰えることなく過ごしたこともあって、残された作品は膨大である。
交響曲は13曲。まぁ二十世紀になってもミャスコフスキのように27曲も書いた人もいるし、アメリカのアラン・ホヴァネスは67曲も書いたそうだから、格別多いとは言い切れないものの、やはり半端な数ではない。
室内楽の基本とも言える弦楽四重奏曲は20曲あり、このあたりにホルンボーの新古典主義者としての面目躍如たるものがあるのかも知れない。
同じように交響曲と弦楽四重奏にまとまった作品を残した作曲家としてはショスタコーヴィチがいる。そのためにホルンボーはよくショスタコーヴィチの影響を受けた…云々の言辞が捧げられているが、表面的には近い何かを感じるが、ショスタコーヴィチとはあまりに違う世界観で音楽を書いているように思う。
ショスタコーヴィチは有り余るテクニックで、とてつもなく深く暗い淵からうめき声を笑い声に変換して音楽にしていたところがあるように思う。だから聞こえてくるものと表現しているものの間にとてつもない矛盾が生じ、それが彼の音楽のエネルギーになっていると考える。
またそれが現代が持つ様々な社会的な矛盾などと結びついて、リアリティーのある音楽に聞こえ、魅力に結びつく。
対してホルンボーはそうした矛盾はない。表現するものと音楽の間にはいささかの矛盾も感じられず、哀しいと涙を流し、嬉しいと笑い、喜ぶのだ。この音楽とその表現の間の幸せな一致が特徴だと思う。しかし、それが今の社会の中ではすでに過去のものとなっていて、理解を得られにくいのかも知れない。
悲しみを偽らなくてはならない時代に生きたショスタコーヴィチと、厳しい現実と向き合いながらもそうしなくても済んだホルンボーの間の差はここにあるように思う。

(この考察は更に続ける…予定)
by Schweizer_Musik | 2008-03-31 04:56 | ナクソスのHPで聞いた録音