2008年 04月 07日 ( 3 )
今日は…
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下の娘は今日から大学に通いはじめた。おかげで朝から静かである。
朝食を摂ってからDVDレコーダーが故障したので、日立のサービスに電話する。水曜日に来るとの連絡を受けたが、すぐに電話が来て「今から行きます」とのこと。驚いたことにすぐに来て、DVDレコーダーを交換して帰って行った。驚きである。
ハードディスクももう一杯になってきたので、そろそろ買い換えするかと思っていたら直ってしまった。さすがに大きなメーカーのサービスは違うなぁと思った。前に直してもらった時もすぐに来たけれど、今回はそれ以上のスピードであった。
午後からこの前買ってきたヒナステラの「オランタイ」のスコアを読んで過ごす。夢中になって読んでいたら、2時間も経っていて驚いた。しかし面白いから仕方がない。
上の写真は昨日の午後、散歩の途中で摂った一枚である。山桜の大木を下から見上げて撮った一枚である。離れたところから全体像を撮るのが多い桜だけれど、こうして根元から撮るとまた面白いと思ったのだけれど…。
朝は晴れていたのに、今はどんよりと曇っている。予報では夕方は雨だそうだ。良いお湿りになるのではないだろうか?
by Schweizer_Musik | 2008-04-07 15:03 | 日々の出来事
ピノックによるブランデンブルク協奏曲の新盤
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ピノックの指揮したブランデンブルク協奏曲の新録音を聞く。軽快にして清々しい。あれっ古楽器は嫌いだったのでは?そんなにいじめないで欲しい。良いものは良いのだ。
イギリス、オランダなどの古楽器アンサンブルの腕利きを集めてのスーパー古楽器オーケストラを作っての録音なのだそうだが、上手い!これなら納得できる。
私の頭は頑固で、昔聞いて感動したベルリン室内管弦楽団(東独)の演奏を今も第1に考えているような奴であるが、最近聞いた中では鈴木雅明の録音とともに特に優れた演奏として薦められる。
テンポなど、極端に走ることなく、極めて伝統的な解釈である。極端な表現、極端なテンポ、これ見よがしな表情付けに辟易としている私は、古楽器の演奏の不遜な態度が大嫌いだ。これが正しいなんて言われると「嘘つけ!」と心の中で叫んでしまう。

第3番の第2楽章はヴァイオリン・ソロのカデンツァが置かれ、下手にソナタなどをアレンジしたりするよりも好感が持てる。昔イングリッシュ・コンソートを指揮したアルヒーフ盤もこんなのではなかっただろうか?
水も漏らさぬしっかりとしたアンサンブルは、さすが名手たちのアンサンブルである。見事としか言いようがない。同じ第3番の終楽章の見事なアンサンブルには驚くしかない。
一方で第1番のホルンなど古楽器なのだろうけれど音色に魅力がなく、ナチュラル・ホルンの音色が固く苦しそうである。音程などはナチュラル・ホルンとしては驚異的なテクなのだろうが、やはり美感を逸していると私には聞こえる。
フルートやオーボエなどの木管はそれでもとても心地よい響きで、木質の音色が優しいオーボエが活躍する楽章、作品などでは心から魅了されたことを告白しておかねばなるまい。
またトランペットの活躍する第2番の何とも美しいこと!!David Blackaddeの素晴らしいトランペットは賞賛に値する。これほど軽々と演奏されてしまうと今までの録音は一体何だったのだと思うばかりだ。これを聞くだけでもお金を払う値打ちはある。

豪華なアンサンブルで聞き慣れた第5番は刈り込んだ弦の響きがちょっと物足りないように思いね少々不満。これはどの作品についても言えることで、その代わりに実に軽快な響きを生んでいる。
これは第4番の終楽章で目覚ましい成果をあげている。リコーダーやオーボエのテクニックは抜群で、この少々地味な印象を受けることの多い4番を華やかな作品に生まれ変わらせているが、その終楽章の軽快さと華やいだ雰囲気は品も良く、とても魅力的だ。
だが、何よりも愉悦に満ちた逸品は、人気のあまりない6番だろう!!私の刷り込みとなっているコッホの録音でもこの曲は鈍重で何故バッハはこんな重苦しい音楽を書いたのかと思わざるを得なかった。こればかりは古楽器の勝利だ。なんとも爽快な演奏である。
by Schweizer_Musik | 2008-04-07 07:49 | ナクソスのHPで聞いた録音
春はあけぼの…音楽を聞こう -30. ジョンゲンの管弦楽のためのトリプティク (三部作)
c0042908_1425878.jpgジョンゲンの管弦楽のためのトリプティクは最近手に入れた一枚に入っていたものである。1936年に書かれたこの作品をはじめて聞いて、フランス近代の和声と新古典主義の幸せな結合を体感した次第である。
協奏交響曲のどことなくホンワカとした雰囲気は、この作品においても聞かれる。ジョンゲンのどこかのどかな印象は健在だ。バルトロメーの指揮があまりテンションをあげないで、適度なテンポをとっていることも嬉しいばかりである。

9の和音の扱い方がドビュッシーの初期の作品、例えばピアノと管弦楽のための幻想曲や「春」などのサウンドがベースになっているように思う。
前に取り上げた別宮貞雄の作品とこれを何の予備知識も与えられないままに聞かされて、作曲年代を当てられる人は多分いないだろう。

第1楽章は明らかに「牧神…」へのオマージュであるように思う。オーケストレーション、編成は異なるものの、響きの独特な連結にそうした傾向を強く感じる。フルートのソロはないが…。
第2楽章はペンタトニック風のテーマの冒頭部がとても面白い。ちょっと民謡風とでも言えそうで、バスのオスティナート風の部分があったりもする。
この楽章がこの曲の聞かせどころなのかと思って聞いていると更に3楽章でとんでもなく美しい音楽が待っている。
まぁ、途中でこれはドビュッシーの1880年代終わり頃の失われた作品が発見されたものだと言われても、私は信じてしまいそうな気がしてきた。
しかし、これはジョンゲンがドビュッシーをパクッたのではなく、彼のテンペラメントがこの音楽を生んだのだと思う。出なければメロディーや和声、オーケストレーションがこんなに魅力的に響くはずがない…。
終楽章のメロディーの儚げで何とも優しい歌、その後に続く低音のメロディーは、ダフニスの夜明けの場面を思い出させるものの、その味わいはかなり異なったものである。

さて、これをどう聞くのか?なんだパクリかと一蹴して終わる人もいるかも知れない。けれど、私はなんとも愛おしい作品に聞こえる。どことなく似ていようが、そんなことを聞いているのではないのだから…。
私にはデュパルクとドビュッシーの融合にちょっとラヴェルの機知が加わっているように思われた。色々と影響を受けつつ、自分の音楽を探し、作っていたのだろう。
大天才と呼ぶにははばかられるが、これも一つの生き方であろう。私もこれによく似たことをしている…こともある(笑)。

上の写真は我が家のあるマンションの敷地にある桜の姿である。もう葉桜となってしまった。一週間前は満開だったのだが…。間もなく若葉の頃となる。
by Schweizer_Musik | 2008-04-07 00:28 | 春はあけぼの…音楽を楽しもう