カテゴリ:ナクソスのHPで聞いた録音( 366 )
プロチュカの歌う「美しき水車小屋の娘」
作曲者 : SCHUBERT, Franz Peter 1797-1828 オーストリア
曲名  : 歌曲集「美しき水車小屋の娘」Op.25 D.795 (1823) (W.ミュラー詩)
演奏者 : ヨーゼフ・プロチュカ(ten), ヘルムート・ドイチュ(pf)
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シューベルトの歌曲はシュヴァルツコップとエドヴィーン・フィッシャーの録音とスゼー、アメリンクがボールドウィンと録音したもの、そしてフリッツ・ヴンダーリッヒの「水車小屋」、あとはフィッシャー=ディースカウなどがグラモフォンに録音した全集を持っていたら、もういらないと長いこと思っていた。
確かにこれらは名演であるが、これで全てオーケーとするのではやはりもったいないと数年前に思い直し、また遍歴を再開した。そうした中で、ヘフリガーなどのテノールによる「冬の旅」との出会いで曲に対する考えが大きく変わったものもある。おかげで、フィッシャー=ディースカウの登場がずいぶん減ったけれど、この「水車小屋」はジェラール・スゼーの名演、そしてフリッツ・ヴンダーリッヒの超がつく名演があったため、この二枚を飽きもせず聞き続けてきたが、このプロチュカ盤もはじめて聞いた時、なんて良い声なのだろうと思ったものである。そしてドイチュの雄弁極まるピアノの素晴らしさ!!
ピアノは単なる添え物ではないのだ。私がジェラール・スゼー盤を愛するのは、ピアノがボールドウィンであるからでもある。積極的にピアノが情景を語らせることにおいて、ボールドウィンは卓越したものを持っているが、このドイチュ教授もまた素晴らしい歌曲のピアノ演奏家である。
ただ、ディナーミクの変化がおまり大きくなく、やや一本調子に聞こえるところが惜しい。その点、ボールドウィンは気品と雄弁さが高度にバランスしていて私を魅了してやまない。もちろんジェラール・スゼーの歌も素晴らしいのだが、この曲は私はどうしてもテノールの曲だと思うのだ。
その点、フリッツ・ヴンダーリッヒは完璧だ。ギーゼンのピアノの素晴らしさは私がここで述べるまでもない。そうした名演と比べて、プロチュカは決して劣るものではない。伴奏もわずかな不満は私の贅沢な注文であるということで、このプロチュカ盤もまた名演だと私は思う。
ヴンダーリッヒ盤に心奪われている今、私はいつもはやはりヴンダーリッヒで聞くだろう。時々はジェラール・スゼーを取り出すかも知れないが、このプロチュカ盤も時々は聞いてみたいと思う。
しかし、まだヘフリガーなど色々あるので、贅沢な楽しみはまだまだ続く。シューベルトの歌曲はこんこんと湧き出でるインスピレーションの泉だ。なんという!!

追記
まだまだ良い演奏はある。ボストリッジと内田光子など取り上げなくては!!
by Schweizer_Musik | 2010-01-09 22:27 | ナクソスのHPで聞いた録音
ユロフスキ指揮で聞くラフマニノフの「死の島」
作曲者 : RACHMANINOV, Sergei 1873-1943 露
曲名  : 交響詩「死の島」Op.29 (1909)
演奏者 : ウラディーミル・ユロフスキ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
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請負仕事のアレンジを昼過ぎにかたづけて、大好きな大根煮を作り、今日はワインとともにいただき、長い昼寝をして起きたらもう六時。一日損した気になり、夕食はパスして、頼まれ仕事の合唱の仕立て直しを2時間ほど集中して行い、今完成したところ。なんということはないのだが、音が高すぎるので調を三度下げてほしいというのは、実は結構難題で、伴奏のピアノはバランスが変わるので手を加え、三度下げてソプラノとメゾは大丈夫なのだが、アルトはとても出なくなったので、これを全面的に書き直し、結局2時間もかかる仕儀と相成った。
まぁ、よく働いたので、音楽を聞こうと思い取り出したのは、年末に実家でハードディスクに入れてきたこの音楽である。
この曲の演奏は色々持っているけれど、普段はプレヴィンの指揮で聞くことが多い。ライナー指揮シカゴ響や、ホーレンシュタイン指揮ロイヤル・フィルの演奏もお気に入りであるが、最近ユロフスキ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聞き、この指揮者はなかなかやるなと思った。
遅めのテンポで5拍子のゆらぐような音楽(死の島からか細い小さな舟で漕ぎだしたかのようだ…)を超がつくほどの長いブレスで聞かせるユロフスキの指揮は大変なものである。
ベックリンの有名な絵にインスピレーションを得て描かれたこの音楽は、波一つない静かな水面と、恐ろしいほどの静寂を感じさせる小さな島…の絵がモチーフとなっている。この絵はあちらこちらにいくつかのバージョンがあるようだが、画家の生地バーゼルの市立美術館のものが一番良いのでは…と私は勝手に思っている。ただし、ラフマニノフはクリンガーが制作した銅版画のこの絵にインスピレーションを得ていて、油彩のもとの絵は好きではなかったそうだ。確かに、銅版画を見るとその幻想の広がりは一層のものとなる。
このところ、古い演奏ばかり紹介していたので、今回はこのユロフスキで一度お試しあれ!!
by Schweizer_Musik | 2010-01-07 21:37 | ナクソスのHPで聞いた録音
クリスマスなので…コレットのノエル・シンフォニーは如何?
作曲者 : CORRETTE, Michel 1709-1795 仏
曲名  : ノエル・シンフォニー 第5番 イ短調 (1781)
演奏者 : アリオン・アンサンブル
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1781年に書かれたというこの作品。当時はすでにウィーン古典派の時代にバロックの音楽とはちょっと保守的すぎやしないかと思わなくもない。でも様式が充分に成熟しているから、とても楽しく、短いが故に変化に富んでいて聞きやすい。
有名なコレルリのクリスマス協奏曲が1714年出版であるので、この曲は67年後の音楽で、すでにモーツァルトは成人し、みの翌年にはハフナー交響曲を書くのである。
大体、音楽史における彼の評価は散々である。インスピレーション不足などを指摘する声が多いが、それは彼が同時代に流行していた音楽を素材として作曲している場合が多いからで、25曲あるというコミック協奏曲などでもそういう傾向か聞かれる。
とは言え、私はもう少し彼については積極的に評価している。試しにこの曲や同じ奏者によるコミック協奏曲などを聞いてみてほしい。聞かないで評価するのはアンフェアだろう。ナクソスで聞いてみて、良かったら、ちょっとだけコレットも良いじゃないかと思ってあげれば、天国にいる作曲者も喜ぶことだろう。
アリオン・アンサンブルによる演奏も美しいもので、あまり演奏もされないこの作品を紹介するには相応しい丁寧な仕事ぶりである。
by Schweizer_Musik | 2009-12-25 18:09 | ナクソスのHPで聞いた録音
クリスマス…だそうです…
作曲者 : CORELLI, Arcangelo 1653-1713 伊
曲名  : 合奏協奏曲集 Op.6 (1714年刊) 第8番 ト短調「クリスマス協奏曲」より
演奏者 : スウィングル・シンガーズ
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昨今のマスコミの豹変ぶりには呆れてしまう。つい三ヶ月前にはどこかのダムの問題で、そんなに公約通りにしないで、現実路線に変更した方が良いとか言っていたのは誰だったのか…。
対立軸にある自民党も「まずマニュフェストありきという姿勢はおかしい」と言っていたのに、今は「マニュフェスト破り」と非難している。君子豹変す…なのか?(笑)
落ち着いて彼らの主張に耳を傾けよう。誰が正しいのか、何が必要なのか、ゆっくり考えてみたい。
また、私のところに「事業仕分け」に対するチェーンメールがよくやってくる。本気でやっているとしたら、笑ってしまう。私は当然していない。ネットでの署名?などというものにどういう影響力があるのか、よくわからない。更に言うならば、署名などということには慎重であるべきで、こんなネットでのチェーンメールまがいのものは子供じみている。

今日はきっと鳩山首相の元秘書の在宅起訴のことと首相の記者会見ばかりであろう。このところの検察の民主党たたきは堅調に推移している。よほど選挙が気にくわなかったみたいである(それでやっているのではないのだろうが…笑)。脇の甘い民主党も困ったものだが、一緒になってキャンペーンをはるマスコミに乗せられるほど私は愚かではないつもりだ。(最近と元芸能人の麻薬事件の報道のように、一斉風靡した人が落ち目になると、よってたかって叩きまくるのがマスコミらしい…低俗の見本である)
正義感を全面に押し出しているから、ホントこういうキャンペーンにはちゃんとした大人は気をつける必要がある。嘘つきほど、正しいことを言っているような顔をしているもので、始末が悪いのは言っている本人が「自分が正しい」と信じて発言していることだろう。
念のために、私は自民党の支持者でも民主党の支持者でもない。全くの無党派層という奴である。誤解無きよう…。

まっ、そんなことはどうでも良い。更にどうでも良い話をもう一つ。今日はクリスマスだそうだ。私は全くいつも通り朝から仕事中であるし、何か予定があるわけでもない(当たり前だ!笑)。
でもクリスマス…だそうだから、キングスシンガーズのクリスマス・アルバムでも…と思ったのだが、ちょっと捻りが足りないと思い直し、昔懐かしいスウィングル・シンガーズをとりあげることにした。

先日、副専攻で作曲を勉強している私の教え子の一人がソロを弾いて聞かせてくれたコレルリのクリスマス協奏曲をダバダバ・コーラス(何て懐かしい!!)で…。コレルリの他にも、耳慣れたクリスマス・ソングを極上のコーラスで聴かせてくれている。アレンジも一流!実に気の利いたクリスマス・アルバムである。
こういうものがナクソスでいつでも聞けるのがありがたい。どうかいつでも聞ける状態でいつまでもお願いしたいと思う。(ちなみに10曲目にデジタル・ノイズが大きく入っている…。仕事が雑だな…と思う)

最後にどうでもよくないこと…。せめて平和な世界を、全く信心深くない私も神様にお祈りしておこう。今月は真珠湾攻撃…太平洋戦争の始まった月なので…。そしてまだ中東では殺戮の連鎖は続いている。
どうか平和な世界に…。自分のお金があっちに行った、こっちに行ったということぐらいで騒いでいてはいけない…と思う。
さあ、仕事仕事…。
by Schweizer_Musik | 2009-12-25 06:17 | ナクソスのHPで聞いた録音
ラフの弦楽四重奏曲第6番「古い組曲の形式で」
作曲者 : RAFF, Joachim 1822-1882 瑞西→独
曲名  : 弦楽四重奏曲 第6番「古い組曲の形式で」Op.192-1 (1874)
演奏者 : ミラノ四重奏団【ロベルト・バラルディ(vn),サルヴァトーレ・クゥアランタ(vn),マリア・ロンチーニ(va),マッテオ・ロンチーニ(vc)】
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ナクソス・ミュージック・ライブラリーでは、曲目の表示が弦楽四重奏曲第1番となっているが、Op.192の3つの四重奏曲の1曲目ではあるが、通し番号でいうならば第6番にあたる作品で、注意が必要である。
古い形式でという言葉の通り、これはバロックの組曲の形式を借りて作った四重奏曲である。従って第1楽章が遅くはじまり、Allegroが続く前奏曲となっている。本来ならば序曲と呼ぶべきなのかもしれないが、ヨアヒム・ラフは前奏曲とつけている。
第2楽章はメヌエットで、第3楽章はガヴォットで、中間部にミュゼットをもっている。第4楽章はゆったりとしたアリアで、終楽章は急速なジークである。
これは形を少し変えてグリーグのホルベルク組曲などに繋がっていくもので、シンフォニエッタとともにヨアヒム・ラフが音楽史上に残した足跡である。
リストのピアノ協奏曲などのオーケストレーションを担当したことで、彼はリスト・ワーグナー派と見なす向きもないわけではないが、それは音楽を聞けば明らかにシューマンやメンデルスゾーン、ブラームスなどに近いテンペラメントを持っていたことがわかる。
ほとんど独学で作曲を学んだ彼は、スイスのチューリッヒ湖畔のラーヘンに生まれ、リストの助手となってようやくキャリアを開始した遅咲きの作曲家である。彼が音楽家として独立したのは1850年代の終わりであって、彼の主要な作品のほとんどが1860年代から1870年代に書かれたことに驚きわ禁じ得ない。
膨大な作品を残しながらも、後進の指導にも心を砕き、音楽家として立つために若い頃にした借金を地道に返すという、極めて勤勉な姿が浮かんでくる。音楽家、それも特に作曲家ともなれば、山師のような生き方をしていると誤解されることが多いが、このタイプが意外と多いことも知ってほしい…(私もその中に入りたいものだ…)。
私はヨアヒム・ラフの音楽をこよなく愛している。受けを狙った音楽を書こうと思えば簡単に書けたはずの彼が、こうした古典の形式への帰依を示しているところに、彼の誠実さが現れているようで、なんともいじらしい。
ミラノ四重奏団はどういう団体か知らないが、とても美しい演奏で不満はない。メンデルスゾーンなどが好きな方にぜひ聞いてほしい一曲。
by Schweizer_Musik | 2009-12-24 17:49 | ナクソスのHPで聞いた録音
オーマンディ指揮で聞く「英雄の生涯」
作曲者 : STRAUSS, Richard 1864-1949 独
曲名  : 交響詩「英雄の生涯」Op.40 (1897-98)
演奏者 : ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団, ヤーコフ・クラクマルニーク(vn)
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オーマンディがどれほど凄い指揮者だったか、あまり理解されていない方には、ぜひ一度聞いて欲しいのがこの演奏。1950年代はじめのモノラル録音であるが、1958年のシーズンから1960年の3月まであの晩年のエドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサート・マスターであったヤーコフ・クラクマルニーク(こんな読み方でいいのだろうか?ロシア人ということで随分悩んだ → Jacob Krachmalnick)がソロをとっているのも嬉しい。彼は1951年から1958年までフィラデルフィア管弦楽団のコンサート・マスターだった。
少し、図太い音で、この演奏がコンマスが大きな影響力を与えていることも事実だ。好みの音ではないが、この個性は凄いものだ。サンフランシスコ交響楽団のコンマスにその後転身したと聞くが、小澤征爾との来日の時はいたかどうか…。あの公演は素晴らしかったなぁ。アイヴスの「宵闇のセントラルパーク」は私の記憶にいつまでも残るものだった…。
話が逸れてしまった。もとへ戻そう。
ナクソスの80000番台は一般販売していないLP初期盤の板起こしのシリーズで、多少音に問題があるものもある。これもややLP再生のノイズは残っている。しかし、そんなことを言ってもこの凄い演奏はCD化されていない(その後のステレオ録音はCD化されている)。
ナクソスでこれがアップされてのはいつだったか忘れたが、聞いた時はショックだった。こんな爆演系の指揮者だと思っていなかったからだが、アンサンブルは精緻で、イケイケ系の爆演とは次元が違う凄まじさに、ステレオ盤を買わずにスルーしたことを今は後悔している状態である。
今朝はこの演奏を聞いて、後少しとなった「春の声」にとりかかることになった。ちょっと夜遅くまで起きていたので、今朝は六時半に起きてはじめたが、こんな日もある…。穏やかな冬の朝である。

書いてから気がついたのだが、かつてこれをはじめて聞いた時の感想をすでにアップしていた。→(こちら)ほぼ同じ感想だった…。当たり前かも知れないが、あれから何も私は成長していないのかと、ちょっと凹んだ…。
by Schweizer_Musik | 2009-12-24 08:35 | ナクソスのHPで聞いた録音
ハイドンのクラリネット三重奏曲
作曲者 : HAYDN, Franz Joseph 1732-1809 オーストリア
曲名  : クラリネット三重奏曲 第3番 変ロ長調 Hob.IV:Es3
演奏者 : エドゥアルド・ブルンナー(cl), アマティ四重奏団団員
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寝ていて、ハイドンのスコルダトゥーラ(Wikiの説明を参照のこと)について議論をする夢を見た。ちょっと最近病気だな…と思う。「春の声」のアレンジで独自色を出そうと、仕掛けをしているうちに、凝りすぎて手間取っているためである。制約が色々ある中で、何ができるか考えている内に、こんなことを夢で見るようになってしまった次第である。
昨夜、これを聞きながら寝たからこんな夢になったのかも知れないが、但し、この曲が一体どういう経緯の曲なのか、私は一切知らない。ただ、短い、それでいて気の利いた小品だなぁと思って聞いている内にうつらうつらと寝てしまった。
ハイドンの発明の才の凄さは知っているけれど、こういう肩の力の抜けた音楽は実に楽しいものだ。厳格な父というより、親しみやすい親父という感じのパパ・ハイドンである。但し、これが聞きたかったのではなく、この曲のあとにある現代スイスの作曲家ケルターボルンの作品を聞こうと思い、ついでに聞いたに過ぎないのだが…。
ケルターボルンは…。お聞きいただいた方が良いだろう(笑)。
by Schweizer_Musik | 2009-12-23 08:37 | ナクソスのHPで聞いた録音
エマニュエルの交響曲 第1番を聞く
作曲者 : EMMANUEL, Maurice 1862-1938 仏
曲名  : 交響曲 第1番 イ長調 Op.18 (1919)
演奏者 : ジェイムス・ロックハート指揮 ライン・フィルハーモニー管弦楽団
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ドビュッシーよりも前に、モードによる作曲を試みたりし、パリ音楽院の院長だったレオ・ドリーブなどと対立してローマ大賞を辞退させられたりしたというエマニュエルは、それでも母校の教授となっている。それも音楽史の…。
オリヴィエ・メシアンやジョルジュ・ミゴー、ロベール・カサドシュやイヴォンヌ・ルフェヴールなどを育てたそうだ。
ただ、作曲家としては残された作品の少なさから(完璧主義者であった彼は多くを破棄してしまった…)過小評価されすぎているようにも思われる。
ドビュッシー亡き後に書かれた、古典的形式に基づくこの作品は、印象主義から新古典主義へと繋がる重要なピースである。
時々、彼をドビュッシーの影響を受けたと言われることもあるようだが、それは間違い。彼の方がずっと先だった…。
いずれにせよ、音楽院で音楽史を教えつつも、彼はドビュッシーなどと交友を重ね、時代の最先端の音楽を模索していたのであろう。
彼の音楽を聞くことは、今日、かなり難しい。音盤がほとんどないのだ。教え子の一人でもあるルフェヴールがACCORDに入れたソナチネは素晴らしいし、歌い手にやや魅力がないとはいえ、Timpaniレーベルに歌曲がまとまって録音されているし、アップショーが歌ったブルゴーニュの歌の編曲ものもある。でも、全貌を知るにはあまりに少なすぎる状況で、この交響曲の録音は貴重だ。
CDではもう購入は難しいようで(製造中止の様子である…当たり前か…)ナクソス・ミュージック・ライブラリーで聞くことをお薦めするしかないが、それでも、この優れた作曲家の業績の一部にでも触れることができるもは、ありがたいことである。
時々、音源が消えてしまったりして、あれあれと思うこともあるナクソスだけに、こういう貴重で優れた音楽はいつでも聴けるようにしていただきたいものである。

追記
第2番も同じ盤で出ていたが、これも、どうしてあまり演奏されないのか不思議に思うほど素晴らしい作品。フランス近代、特に印象派あたりがお好きな方は一度試してみられては…。
by Schweizer_Musik | 2009-12-21 10:21 | ナクソスのHPで聞いた録音
更に第9、今度は関西フィルの特別演奏会のライブ
作曲者 : BEETHOVEN, Ludwig van 1770-1827 独
曲名  : 交響曲 第9番 ニ短調「合唱」Op.125 (1822-24)
演奏者 : カール=アウグスト・ビュンテ指揮 関西フィルハーモニー管弦楽団, 大阪アカデミー合唱団, 岩田隆子(sop), 岩本敏子(alt), 山本裕之(ten), 横田浩和(bs)
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1989年12月28日大阪、シンフォニー・ホール録音で、ナクソスでは細かな記載がない上、演奏者の名前もよくわからなかったようだが、多分これが正しいデータと思われる。
1982年にヴィエール・フィルハーモニーから名称変更した後も、資金面でかなり大変だったはずで、その頃のライブであろう。
ビュンテの経歴などは不詳であるが、かなりのベテランと思われる。極めて一般的な第九の演奏であるが、終楽章の冒頭などは金管ばかり聞こえて、バランスが崩れているあたりは、ライブ録音特有のものと感じた。その他はとてもスムーズでとても良い。歓喜の歌を低弦からトゥッティへと繰り返していく中で、トゥッティにはいる直前でアチェレランドをかけて盛り上げる呼吸もよくやられることとは言え、うまくはまっていた。
ベテラン横田浩和の歌で「おお友よ…」はやや不安定で、ちょっと音程が定まらない。が、合唱が入り、少しずつピントが合ってくる。合唱は大変よく仕上がっている。合唱指揮の名前がないが、誰が指導したのだろう?
行進曲に入り、山本裕之のテノールが入るが、マイクから遠かったのか、ちょっとバランス的に問題がある。聞こえないということではないのだが…。オケは良いアンサンブルを聞かせている。日比さんはもうこの頃の関フィルのコンマスになっていたかどうか…記憶が定かではないが、どうもなっていた気がする。今度お会いしたら聞いてみようっと…。
ノンビリ第九の演奏などを聞いていたらもう七時半。そろそろ学校に行く準備にかからねば…。


追記 : 日比さんは1991年コンマス就任なので、この時は違うようである。ちょっと記憶違い…。とは言え、この頃はすでに私は大阪を離れてずいぶん経っていたわけで、事情にちょっと疎くなっていたから、仕方がない(変な言い訳…)。
by Schweizer_Musik | 2009-12-15 07:30 | ナクソスのHPで聞いた録音
マルコ指揮によるベートーヴェンの第9
作曲者 : BEETHOVEN, Ludwig van 1770-1827 独
曲名  : 交響曲 第9番 ニ短調「合唱」Op.125 (1822-24)
演奏者 : ニコライ・マルコ指揮 デンマーク国立放送交響楽団, 合唱団, エディト・オルドルップ(sop), エルセ・ブレムス(m-sop), ティゲ・ティゲセン(ten), ホルガー・ビルディン(bs)
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こんな録音が残っていたとは知らなかった。ニコライ・マルコはレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督で、エフゲニ・ムラヴィンスキーなどの先生だった人。スターリン体制になるやいなや西側に出て、このデンマーク国立放送交響楽団の音楽監督となり、その25周年の記念公演のライブというわけである。(詳しくはWikiのこちらを参照のこと)
1955年1月30日とあるが、わずかにステレオ・プレゼンスが加えられたその録音は、お金をかけたものらしく、なかなか聞きやすい。ノイズはほとんど気にならず、疑似ステレオというほどのものでもないそれは、何とも趣味の良い録音である。
このオーケストラはさすがにデンマークを代表するオーケストラらしく優秀で、この五年前にはフリッツ・ブッシュと同じ曲を録音していて、これまたなかなか良い演奏を繰り広げていたし、国王が指揮したものもあったりした。
第2楽章の繰り返しは行われていないが、第3楽章がかなり速めのテンポをとっている以外は極めて伝統的な解釈によるものと言える。終楽章で、低弦に歓喜の歌のメロディーが登場するところは、もう少しためて出るのが一般的だが、極めてあっさり、サッと出るあたり、ちょっとビックリする。フルトヴェングラーのようにソロソロとクレッシェンドしていくのではなく、やや直線的で、トゥッティになるまでの過程をスケール雄大に描く方法もあるのだが、こうしたところはとてもあっさりした運びであるが、
当時のデンマークを代表する歌手達(だと思う…)の歌も(バスのホルガー・ビルディンだけがフリッツ・ブッシュとの録音でも参加していた)の歌が入ってくるとやや状況は変わるが、合唱も含め、ちょっと二線級というか、こういう曲の歌としてはあまり慣れていないなと感じるところがあちらこちらに出てくる。
これは、私たちが第九に対しては耳が肥えすぎているからなのかも知れない。世界で最も第九を演奏する国であるわけで、歌い手も合唱団も世界一のレベルにあると思われるからで、この演奏もそうした耳からすると、ライブ特有の不手際を除いても、ちょっと期待はずれというところか。
そういえば、フリッツ・ブッシュの録音でも歌が下手でオケは一流、歌手は三流などと思ったものだ。
マルコの指揮ということで、珍しい第九をと思われる方には良いかも知れないけれど、私は彼の演奏としてはプロコフィエフなどの録音が良い。できれば、歌のないものであれば…。ということで、第1楽章から第3楽章まで充分に楽しんだのだが、終楽章でちょっと残念な結果となった。
また、それにしてもこの指揮者の他の録音ももう少し聞きたいものだ。明日は文京シビック・ホールの第九があるし、音だしもあるので、その予行演習のようなつもりで聞いてみたもの。
by Schweizer_Musik | 2009-12-15 06:16 | ナクソスのHPで聞いた録音