カテゴリ:ナクソスのHPで聞いた録音( 366 )
ディーリアスの「ブリッグの定期市」をマーク・エルダーの指揮で聞く
作曲者 : DELIUS, Frederick 1862-1934 英
曲名  : ブリッグの定期市 (イギリス狂詩曲) (1907)
演奏者 : マーク・エルダー指揮 ハレ管弦楽団
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イギリスの民謡を主題とした一種の変奏曲がこの作品であるが、これが何とも美しい作品なのである。寒い昨日の雨空から一転、今日のように明るく晴れた冬の一日、暖かい部屋で聞くディーリアスは最高の贅沢である。
ハンドリーが昨年9九月、そしてヒコックスがまだ六十という年齢で昨年11月相次いでこの世を去って、今年、イギリスの音楽がちょっと寂しいと思っていたところでのエルダーの台頭は新しい時代をつげるものだった。
ハレ管弦楽団は、おそらくジョン・バルビローリの時代の輝きを取り戻したのではないだろうか。弦のアンサンブルがなんともトロリと甘く、管楽器がビロードのような肌触りでブレンドしていく。いや、絶品である。これぞ名演だ。
ナクソスで細かくトラックが区切られているとどうしてもつなぎ目が気になるが、これはそういう点でも聞きやすい。
ついでながら、グレインジャーの編曲した合唱版も収められている上、1908年に録音したという原曲の歌まで収められているという念の入れようで、ああイギリス人らしいなぁと大変好ましく思った。
民謡をディーリアスがどう料理したか、知る上でも貴重だ。私はグレインジャーの合唱編曲が好きで、いくつか聞いてもいるが、このジェイムス・ギルクリスト(ten), マーク・エルダー指揮 ハレ合唱団の演奏も素晴らしいと思った。これならば、ディーリアスのパート・ソング集なんて録音してくれないかなぁと思ったりもした。
イギリス音楽がお好きな方には特にお薦め!!
by Schweizer_Musik | 2009-12-12 17:12 | ナクソスのHPで聞いた録音
若き日のシゲティが弾くプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番
作曲者 : PROKOFIEV, Sergei 1891-1953 露
曲名  : ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 Op.19 (1916-17)
演奏者 : ヨーゼフ・シゲティ(vn), トマス・ビーチャム指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
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ヨーゼフ・シゲティが晩年住んだというレマン湖畔の町を歩いていると、そのあまりの穏やかな佇まいに、こういうところで晩年を送れた彼を心から羨ましく感じたものである。
ここで海野義雄や前橋汀子を教えたのだと思うと、志を持った若い彼らの練習する様子を散歩のついでにと見回る彼の姿が浮かんでくるようだった。
同時代の作曲家の作品を積極的にとりあげた人でもあり、ブゾーニ、プロコフィエフやブロッホ、バルトークなどとも親しかった。彼らの作品のいくつかはシゲティが初演している。このことだけでも、彼がいかに多くの作曲家たちから信頼された作曲家であったかがわかる。
彼は演奏テクニックが弱いと誤った認識を持つ人が多いのは、残念なことである。
確かに彼は友人のブゾーニの忠告を聞いて、華麗なテクニックを披露するチャイコフスキーなどをレパートリーから外して、ドイツ古典派からロマン派にかけての作品と同時代のバルトークやプロコフィエフなどの作品をレパートリーの中心とし、技巧的な作品(例えばパガニーニなど…)を排除した。
多くの人たちが好んだヴァイオリンの小品を弾かなかったわけではないが、厳選していたようだ。
だから、1930年代に初来日した時の評判は散々だったそうだ(出典 : Wiki)。多分、ミッシャ・エルマンやフリッツ・クライスラーのようなヴァイオリニストが当時は良かったのだろう。しかし、彼の真価を当時の日本人が理解できなかったとは言え、やがては彼に師事し立派なヴァイオリニストと育った若者がたくさん居ることなども含め、彼が残した功績は計り知れない。
それにしても、このプロコフィエフの美しいこと!!1928年に録音したというブラームスなどは、オケがあまりに酷く(特に第2楽章冒頭のオーボエは下手な学生でもこんなに酷くは演奏しないぞと言いたくなるレベルだった)気の毒であったが、その後、ユージン・オーマンディと共演して録音したものや、演奏活動から引退する少し前に録音したメンゲスとの共演盤などがあるので、特に困らないし、ヴァイオリン・ソロに関してはユージン・オーマンディとの録音と同程度に優れている(メンゲスとのものはボウイングに余裕が無くなっているが、節々に味があるので、ぜひ再発してほしい→現在廃盤中…そのうちパブリック・ドメインになるだろうか…)。
このプロコフィエフは引退直前の演奏はさすがにお薦めする気にはならないけれど、この古い録音をまず一度聞いてみてほしいと思う。彼がこの作品を演奏するテクニックが無かったとか、聞く耳を持たない人は言いつのるけれど、そんな人には教えたくない名演である。

ついでながら、ブロッホのヴァイオリン協奏曲も収められているが、これもまた素晴らしい演奏である。メンゲルベルクとの傷のある演奏を聞くよりまずこちらを聞くべきだ。
「弦によせて」(音楽之友社刊)は弦楽の演奏を志す人は必携の書である。1968年に翻訳されてから今も売られていることだけでも、その意味がわかろだろう。ナクソスのおかけでこの名演をお薦めしやすくなったのは嬉しいことである。復刻状態もとても良い。私の持っているEMI盤よりも良いと思う。
by Schweizer_Musik | 2009-12-12 08:42 | ナクソスのHPで聞いた録音
ライナーの指揮で聞くモーツァルトの40番、ト短調。
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : 交響曲 第40番 ト短調 K.550 (第2版) (1788)
演奏者 : フリッツ・ライナー指揮 ピッツバーグ交響楽団
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昨日、いつもの様に2週間に一度の通院をしたら、主治医の先生から、新型インフルエンザの予防接種を受けて下さいと言われる。私も完璧にハイリスクなのだそうだ…。治療の甲斐あって、検査結果はばっちりなのだけれど、完治するとかいうものではないらしい。とは言え、健康に大きなリスクがあるわけでもなく、キチンとメタボに対する対策を行っていけば、これで体調を崩すようなものではないらしいので安心はしているが、ここまて来てインフルエンザで死にたくないので(予防注射を)することにした。季節性のものの方がホントは怖い気がするけれど…(笑)。ただ、再来週の19日でないとできないらしい。例のワクチンが大瓶だからなのかわからないけれど、いやその日はクリスマス・ライブに行く予定にしていたのに、どうしよう…。いや困った。

ところで、表記のフリッツ・ライナーのモーツァルトであるが、1947年4月1日録音とある。それ相応の録音ではあるが、水準以上の状態で楽しめた。
また、大変興味深いのが、冒頭のD-Bの6度跳躍でおそらくA線だけで演奏していて、軽くポルタメントがかかっているあたり、ワルターなどと共通する演奏で、この時代の人たちって結構フレーズの途中で糸を替えて音色が変わってしまうことを嫌ったのだなと、思ったりもした。
演奏は全く伝統的な解釈によるもので、「ジュピター」の第1楽章で聞いた極端なリタルダント(あれはホント椅子から落ちそうになった…)などはなく、安心して(笑)聞くことができる。
少しだけステレオらしい補正が加えられたものらしいが、もともとステレオだったのかは分からない。実用化以前にも実験的にステレオ・プレゼンスのあるものが時々あるので。しかし、レーベルのことなどを考えて、どうもそうではないような気がする。
ただ、まずまずの状態でフリッツ・ライナーのピッツバーク時代のモーツァルトが聞けるので、私のようなフリッツ・ライナー・ファン(そんなの居るのかなぁ…)にはお薦め。
by Schweizer_Musik | 2009-12-08 09:03 | ナクソスのHPで聞いた録音
メンゲルベルクで聞く大学祝典序曲
作曲者 : BRAHMS, Johannes 1833-1897 独
曲名  : 大学祝典序曲 Op.80 (1880)
演奏者 : ウィレム・メンゲルベルク指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
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このところ、受動的鑑賞(?)が多い(笑)。コメントなどを読んで、そう言えばあれはどんなだったっけ…と思って聞く類である。これもそういうパターンで聞き始めた。
意外なほど良い復刻状態である。所持しているのはEMIから随分昔に出たCDH 7 69956 2という盤であるが、それはパチパチというSP盤特有の音に悩まされなくてはならないものだったが、それに比べてナクソスの復刻はとても具合がよろしい。
1930年5月30日の録音である。そう多くのことを録音に望んでも仕方がないが、この演奏から聞こえてくるのは、後年の録音からは味わえない古典的均衡とロマン的味わいの絶妙なバランスである。オーケストラ・コントロールの見事さは相変わらずであるが、それ以上に彼の演奏から聞こえてくる音楽の繊細さに驚く。繊細さと剛毅さ、雄大さ、こうした反する要素を統合する懐の大きさを感じるのだ。
メンゲルベルクはすでに59才の時の録音ということで、円熟の技なのだ。
ナチスや戦争なんてものがなかったら、彼の晩年の音楽がどういうものになったか…も聞くことができたはずである。
一方、あれがあったことで、コンセルトヘボウ管は、スイス・ロマンド管弦楽団のような変な色眼鏡で見られることを逃れた一面もあったのかも知れない。エドゥアルト・ヴァン・ベイヌムという逸材が登場してくれたおかげと言うべきであろう。
時が移り、彼は当然のことながら過去の指揮者の一人となってしまった。ただ、多くの指揮者が個性的であろうとマニエリズムに走ったり、ピリオドに走る時代に、彼の音楽は新しい道へのヒントとなるのではないだろうか?どうもそんな気がしてならない。
by Schweizer_Musik | 2009-12-08 07:03 | ナクソスのHPで聞いた録音
メンゲルベルク指揮で聞く「森のささやき」
作曲者 : WAGNER, Richard 1813-1883 独
曲名  : 楽劇「ジークフリート」(1876) 〜 第2幕 第2場 森のささやき
演奏者 : ウィレム・メンゲルベルク指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
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1928年12月14日録音である。古い録音であるが、マーク・オバート=ソーンの復刻で信頼できるものだ。
この年の三月、ニューヨーク・フィルはライバルであるニューヨーク交響楽団を吸収合併し、ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団と名称を変更した。そしてこの年からトスカニーニが指揮陣に加わり、メンゲルベルクと双頭体制となった。その年の録音なのである。
メンゲルベルクがニューヨーク・フィルの首席指揮者になっていた時代に、ニューヨークの5つのオーケストラのリストラをやって、ニューヨーク・フィルの礎を築いたのがメンゲルベルクであった。
1930年にこの任から退き、オランダのアムステルダムの(もう一つの)手兵であったロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(当時はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団)の音楽監督一本で活動したのだが、この時期の録音を聞くのは大変興味深い。
これとともに、フンパーディンクの歌劇「ヘンゼルとグレーテル」の序曲が演奏されているが、これがニューヨーク・フィルを退任する年の1930年1月14日の録音ということで、私などには興味が尽きない。ちなみに、この曲の録音の前三日間は、あのリヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」の歴史的な録音を行っていた(コンマスはシピオーネ・グィディ)。これは天下の名盤であるので、ご存知の方も多いことだろう。
不思議なことに、コンセルトヘボウ管との録音と違って、ニューヨーク・フィルとの録音の方が全体にすっきりとした古典的な均整のとれた造形美を感じるものが多いように思う。別のCDで持っているものだが、サン=サーンスの交響詩「オンファールの糸車」Op.31 (1871)などはもっと色々できるだろうに、端正な佇まいの中に色気のようなものがふわりと香るなかなかの名演なのである。
この「森のささやき」もそんな古典的な佇まいとロマンの香りが見事にバランスした名演だ。ナクソスにはないが、「エグモント」序曲や「魔笛」序曲など、素晴らしい演奏が残されているので、ぜひナクソスに復刻してほしいと思う次第である。そうすれば、みんないつでも聞けるようになるから…。
by Schweizer_Musik | 2009-12-06 23:32 | ナクソスのHPで聞いた録音
エルガー自身の指揮で聞く交響曲第1番
作曲者 : ELGAR, Edward 1857-1934 英
曲名  : 交響曲 第1番 変イ長調 Op.55 (1907-09)
演奏者 : エドワード・エルガー指揮 ロンドン交響楽団
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1930年11月20-22日ロンドンのキングスウェイ・ホール録音というこの演奏を聞いて、エドワード・エルガーという人が、根っからのロマン派の人だったことを再確認するとともに、ブラームスなどが生きていた時代の音楽を、彼はそのまま体現していたのだと痛感させられた。
ロンドン交響楽団の指揮者を勤めたこともあるほどの音楽家であった彼が、指揮が下手だったなどということはなく、彼の音楽観をしっかりと反映させた演奏だと思う。ポルタメントが多いのは、一つのフレーズの中で、糸を替えて演奏することによる音色の変化を嫌ったことによると思われるが、速めのテンポをとりながらも細かく場面場面での設定を変えているあたり、古い演奏スタイルが彼の中に厳然と存在したことを裏付けている。
こうした古い後期ロマン派のスタイルを受け継いでいる辺りが、フランス人あたりが馬鹿にする理由のようである。イギリス以外では全く相手にされていないと書いている人もいるが、それは間違っている。最近ではウィーン・フィルあたりでも時折、定期で取り上げているし、アメリカでは人気を保っている。
ゲオルク・ショルティやトスカニーニといったイギリス人以外の指揮者も積極的にとりあげてもいるので、あまり演奏しないのは今日ではフランス人だけのようだ。国民性なのかどうかは知らないが、お気の毒…である。こんな良いものを聞かないなんて…。
先日、神奈川フィルでこの曲を聞いた。石田がコンマスに座ったオケから響いてくる音は絶品の味わいだった。
今日ではエルガーの指揮する演奏のようなスタイルは流行らない。でも、心地よいテンポを繰り出す作曲者の指揮は、自分自身の世界観をもたないままにやたらと遅いテンポで雄大な雰囲気作りをしたがる風潮に一石を投じるものと感じられた。(遅いテンポが嫌いなのではない。それで納得させられるのであれば良いのだ。でも残念ながら弛緩しただけという場合の方が圧倒的に多い…)
そう好きな曲というわけではないが、古い録音なのに良いバランスで聞けるのは、当時、この録音にかける技術者などの意気込み故だったのだろう。更に、復刻をしたナクソスのこの演奏に対するこだわりも強く感じた。一度ご賞味あれ!
by Schweizer_Musik | 2009-12-06 16:01 | ナクソスのHPで聞いた録音
フィアルコフスカの弾く室内楽版のモーツァルトのピアノ協奏曲第11番
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : ピアノ協奏曲 第11番 へ長調 K.413 (387a) (1782-83) (作曲者編曲)
演奏者 : ジャニーナ・フィアルコフスカ(pf), チェンバー・プレイヤーズ・オブ・カナダ【ジョナサン・クロウ(vn), マヌエラ・ミラーニ(vn), グィライン・レマイアー(va), ジュリアン・アーモール(vc), ムリエール・ブルネー(cb)】
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多分、作曲者編曲版を使っていると思うが、未確認。これにはジャン=フィリップ・コラールがピアノを弾き、ミュール四重奏団と共演したEMI盤が存在する。それはともかく、フィアルコフスカというアルトゥール・ルービンシュタインの最後の弟子というふれこみのこのカナダのベテラン・ピアニストのモーツァルトはなかなかいける。コラール盤が弦楽四重奏であったが、こちらはコンバスも入った五重奏がピアノと共演しているので、響きの支えがあるバランスの良い響きで良い。
弦楽の美感に多少不足はあるが、些細なことで、とても反応の良いアンサンブルで、聞いていてとても楽しい。
ジャニーナ・フィアルコフスカは第一回のアルトゥール・ルービンシュタイン国際コンクールで第3位入賞した経歴があるそうだ。だからしばらくレッスンをついていたのだろう。それで「最後の弟子」というコピー゛か作られたのだろうが、いかにも安直なコピーでちょっと情けない…。
そんなことはともかく、この「最後の弟子」さんは、昨年来日していて、大フィルとショパンの協奏曲を演奏したりしているようである。そんなことはちっとも知らなかったけれど、このモーツァルトはとても美しく、聞いていて楽しくなる演奏だ。
ピアノと共演しているのが変則弦楽四重奏ということで、あまり人気が出そうにないのだけれど、ちょっと愛おしく感じるほどこの演奏は美しい。ピアノは多分スタインウェイなどではないようで、ちょっと曇っている。フォルテ・ピアノではないが、ちょっとそんな雰囲気も感じる名品である。
コラール盤よりもこちらの方がずっと良いと私は思う。
カナダって意外と穴場で、良い録音が結構あるので要注意である。モーツァルト好きの方にお薦め!!こんな楽しい音楽を聞いて温まってください。
by Schweizer_Musik | 2009-12-03 23:47 | ナクソスのHPで聞いた録音
アルゲリッチとヨッフムによるモーツァルトのピアノ協奏曲第18番
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : ピアノ協奏曲 第18番 変ロ長調 K.456 (1784)
演奏者 : マルタ・アルゲリッチ(pf), オイゲン・ヨッフム指揮 バイエルン放送交響楽団
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最初は小澤征爾と組んだベートーヴェンの一番を取り上げようかと聞き始めたのだが、昔レーザーディスクで見た印象は今ひとつで、なんだこれはと思った演奏だった。
自分の記憶が間違っていることを期待して聞き始めたのだが、アルゲリッチの感度抜群のピアノに対して、オケが全く反応せず、途中で聞くのを止めてしまった。何故小澤の棒であんなに重く、雑なアンサンブルだったのだろう?不思議だ…。ゼルキン(父)との録音などとは全く比べようもない演奏だ。
それに比べて、モーツァルトの方はヨッフムが共演ということである上、この曲を彼女のピアノで聞くのははじめてなので、期待大であった。
さて、ベートーヴェンの10年前のアルゲリッチは、ずいぶんお行儀の良い演奏をしていたものである。録音は1973年6月22日。ヨッフムの棒も冴えている。ただ、あまりにオンマイクで演奏ノイズがちょっと気になったけれど、全体には大変高い完成度である。
あまり話題にならないけれど、この曲の第2楽章は短調のなんとも泣かせるメロディーで、聞きながらこんなセンチメンタルに感じていていいのだろうかと思うほど。いや、k.466や488などの超がつく有名曲ばかり聞いてこんなきれいな曲を忘れていてはもったいない!!
ただ、弦の響きが録音のせいか、ややささくれだって聞こえてしまう。もっと柔らかな響きであって欲しいが、これはヨッフムのせいではなく、多分録音でのマイクのセッティングの問題なのだろう。ライブ録音はやはりこうして何度も聞かれることを前提としていない場合が多く、真価を聞き取るのは難しい。
きれいなことで言えば、アシュケナージの録音などをきけば誰もがうっとりとなれるだろう。でもこの曲に惚れ込んでいる私としては(いや正確にはこの第2楽章が好きで好きでたまらないのだ…)アルゲリッチの演奏も美しく、心から楽しめた。
他にも名演はたくさんあるけれど、このアルゲリッチも一度いかが?
by Schweizer_Musik | 2009-11-30 22:14 | ナクソスのHPで聞いた録音
ヴァント指揮ベルリン・ドイツ交響楽団のライブよりシューベルトの「グレイト」
作曲者 : SCHUBERT, Franz Peter 1797-1828 オーストリア
曲名  : 交響曲 第8(9)番 ハ長調「グレイト」D.944 (1825?-28)
演奏者 : ギュンター・ヴァント指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団
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この曲はヴァントの得意の作品だったらしく、いくつもの録音が存在しているが、このライブは1993年6月14日にベルリン・フィルハーモニーでのライブだとのことである。
私はケルン放送交響楽団との全集録音を愛聴している。実はシューベルトの交響曲全集についてはカール・ベームのものとならんでヴァントのものが最高だと思っている。晩年、いきなり神格化されていまった感があるが、1970年代の録音がやはり最も良いと思われる。
この新しいライブを聞いて、やはりその感を強くした。良い演奏だとは思うが、テンポの動きがぎこちなく感じるところもある。例えば第2楽章の最初のフォルテ(弦楽による部分)でのテンポは明らかに少し前のめりになってしまう。これはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのライブでも気にかかったところだが、このベルリン・ドイツ交響楽団との演奏では更に増幅されている。古いケルン放送交響楽団との録音でもこの傾向はあったが、もっと小さな動きだった。
同時期のミュンヘン・フィルとのライブ(1993年5月28日ミュンヘン、ガスタイク、ライヴ録音→ナクソスで聞くならこちら)では最初のケルンでの全集録音と同じ程度の動きだった。それよりもこの部分でのボウイングは大変特徴的で、テヌート気味に演奏される。カール・ベームやブルーノ・ワルター、フルトヴェングラーなどの伝統的な解釈では、短めのマルカートで演奏されるし、ここでテンポ・アップする人はいない。
ミュンヘン・フィルとのライブについては以前書いた(こちら)。ただ、このベルリンでのライブは少し不安定な感じが否めない。
これはヴァントの解釈の問題であるので、私ごときがああだこうだと言うレベルの問題ではなさそうなので、この位にしておくが、この楽章以外は大変気に入っている。第3楽章はやはり第一級の演奏だと思うし、気力も充実しているようだ。
トリオで大きくテンポを落として、どこか悲しげな表情を聞かせるあたりは、最高の演出だと思うし、終楽章のメリハリの効いた活力のある表現は、はち切れんばかりのエネルギーの横溢を感じさせる。終生、老いに伴うかのような円熟とは無縁だった指揮者なのだ。
終楽章の充実感は、かつてケルン放送交響楽団との録音(1977年3月19日録音)で聞かれたものと同じであるが、更に充実している。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのライブよりも良いと思うが、この終楽章はあり演奏よりも充実している。細かなテンポの動きが、ここに来てスムーズになっているし、アーティキュレーションなどの解釈もしっくり来ている。録音も残響を適度に取り入れながら、なかなか良いのだ。
ただ、もう私はヴァントのシューベルトの全集を持っているので、わざわざこのライブを買わなければとまでは思っていない。ベルリン・フィルやミュンヘン・フィルとのライブの方が全体としては出来は上だと思う。この録音について、ヴァントもきっと「もう録音したではないか、どうしてこれを出すのか?」と言うのではとも思う。
しかし、私はこの終楽章のために買っても良いと思い始めている。
by Schweizer_Musik | 2009-11-28 03:56 | ナクソスのHPで聞いた録音
プレガルディエンの歌による室内楽版の「冬の旅」
作曲者 : SCHUBERT, Franz Peter 1797-1828 オーストリア
曲名  : 歌曲集「冬の旅」D.911 (1827) (W.ミュラー詩) (N.フォーゲット編曲)
演奏者 : クリストフ・プレガルディエン(ten), ヨセフ・ペトリク(accordion), ペンタエドレ
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フォーゲットの編曲による室内楽版の「冬の旅」である。ツェンダー版など色々と編曲版が存在するが、これはアコーディオンと管楽器が伴奏するもので、それなりに創意が伝わる興味深いものとなっている。
この録音の「売り」はなんといってもクリストフ・プレガルディエンの歌であろう。なんと良い声、歌なのだろう。雄弁な編曲にまけることなく、歌が大きな存在感を示しているが、多くの編曲版で伴奏の雄弁さに歌が埋没してしまう傾向がある中で、この存在感は素晴らしいと思う。
ハイペリオンの全集の中でいくつかを私も所持しているが、彼の歌ったものはどれも素晴らしいもので、こうした色物で話題を作らなくてはならないものでは決してない本格的な歌手である。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが引退し、ヘルマン・プライが亡くなり、ジェラール・スゼー、エルンスト・ヘフリガーも…。彼らによってシューベルトの歌曲の世界を知ることができた私は、新しい世代のプレガルティエンやマティアス・ゲルネといった次の世代も気がつけば大家となっていたことに、ようやく気づいたという体たらくである。
シューベルトの歌曲も、そろそろ新しい世代の録音に切り替えていこうかと本気で考え始めているこの頃であるだけに、久しぶりにこの録音を聞いて、大いにその気になってしまった。
「郵便馬車」のポスト・ホルン風の出だしに、ベタなアレンジにちょっと笑ってしまったけれど、これ以外に考えられないよなぁと思ったりした。他、「宿屋」などでハミングが入っていたりして、ちょっと他のアレンジではない雰囲気の良さに心動かされた。
またミュラーの原作の詩の順番に入れ替えられていて、はじめ聞いたときはちょっとビックリしたけれど、聞いていてこれも悪くないなと思う。
冬らしい窓の外の景色を眺めながら、さすらいの孤独を思うのも良いものである。お薦め!!
by Schweizer_Musik | 2009-11-17 07:35 | ナクソスのHPで聞いた録音