<   2008年 03月 ( 48 )   > この月の画像一覧
春はあけぼの…音楽を聞こう -26, イッポリトフ=イワーノフの「春の序曲」
イッポリトフ=イワーノフの「春の序曲」Op.1を聞く。グルジアの作曲家で現在のトビリシで教鞭をとったという。
有名な作品は組曲「コーカサスの風景」であろう。いや、その中の「酋長の行進」が有名で、それもまともに取り上げられることは滅多にない。
さぞ、つまらない作曲家なのだろうと思われるかも知れないが、私のようなB級グルメ派には、なにやら面白そうな(美味しそうな)予感のようなものをかぎつけてしまうのだ。
大体グルジアなんてどこ?という人もいるかも知れない。そういう方はこちらでどうぞ!

ともかく、この作曲家、私のようなB級グルメ・レポーターを感動に打ち震えさせる音楽がたくさん…。
これもナクソスにある。何年か前にマルコポーロ・レーベルを中心に数多くのタイトルが廃盤になって、買いそびれたままになっていた録音だったので、ここでの発見はうれしい限り。
さてさて「春の序曲」は1882年の作ということで、23才の作品である。作品番号1が示す通り、未熟ながらもこれから世の中に自らを羽ばたかせようという意気込みに満ちている。
円熟した作品も良いが、こうした「若さ」もまた良いものだ。モードの扱いなどにリムスキー=コルサコフの影響は明らかだけれど「出来損ないのリムスキー=コルサコフ」などと悪口を言う前に、虚心坦懐にこの音楽を楽しんでみられてはいかが?

ところで、この曲をおさめているナクソスの曲目の表示はちょっと…問題ありだ。
「春の序曲、「3つの音楽のタックスブロー」とあるが、何のことかさっぱり分からなかった。よく見ていると3曲セットの曲はOp.56の「オシアンからの3つの音楽的絵画 」だろう。URLの表示に"Three Musical Taxbleaux"とあるから、これを打ち間違い、そしてそれを無理矢理訳したところに問題が起こったものと推察する。絵画がいつの間にか何かの税金になっているのは皮肉のつもり?なのだろうか(笑)
曲目の表示では"3 Musical Tableaux from Ossian, Op. 56"とあるので間違いないのだが…。
昨日の今日で申し訳ないが、敢えて苦言を呈したい。またマルコポーロ・レーベルのものの多くが曲目の英語解説を載せてくれていて、私のような物を知らない者にとってものすごくありがたいものであったが、これには無い。他で聞けない音源の、調べようにもなかなか難しい作品の解説であるだけに、ぜひ載せてほしいものだ。
c0042908_185926.jpg

花冷えの一日だったけれど、夕方になって雨が上がる。今日の夕焼けは美しかった。左端のなだらかなスロープは富士山。山頂を隠す雨雲の名残は暗くなるまでとりついて離れなかった…。
by Schweizer_Musik | 2008-03-31 18:59 | 春はあけぼの…音楽を楽しもう
前デンマーク国王フレデリクIX世の指揮を聞く
一つ前のエントリでも触れたけれど、前デンマーク国王のフレデリクIX世の指揮した録音を聞いてみる。
1947年から1972年に在位していた国王であり、父のクリスティアンX世は1912年から1947年まで国王の位にあり、第一次大戦での中立、そして第二次大戦でのナチスの占領下(保護国)での生活を国民とともにして、祖国がナチスに協力することを最小限にした。ナチスがユダヤ人にベツレヘムの星の徽章をつけさせよと要求した時、その徽章をクリスティアンX世自らつけて抵抗したという話もあるそうだ。
その偉大な父の下に生まれたのがこのフレデリクIX世であった。
CDを持っていたはずなのだけれど、どこに行ったものか皆目わからず、ナクソス・ミュージック・ライブラリーのお世話になる。(ずいぶん安い値段で買った記憶はあるのだが)
まずワーグナーの「タンホイザー」序曲である。冒頭のホルンのアウフタクトがどうしたものか一部欠落しているが、他は古い録音らしいノイズがのっているものの、なんとか聞くことができた。
デンマーク国立放送管弦楽団がどれだけの腕前かしらないけれど、まずは合格点と言ったところであろうか。バランス的に耳慣れないところもいくつかあるけれどコーダへの運びで胸が熱くなった。この指揮者はやはり本物の何かを持っていると思う。
リハーサルはどうやったのだろう。国王自らリハーサルを行ったのだろうか?だとしたら第一級の腕前である。
続く「リエンツィ」序曲はタンホイザーの四年後の録音で、音質など改善が著しい。まずはこの録音からお聞きになられることをお薦めしたい。
これもリハーサルから国王がやっていたのだろうか?途中、いささかリズムが重くなってしまっているのは惜しいところだが、全体としては満足のいく演奏である。オケも第一級の響きで、ブッシュなどが指揮していたこのオケ、決して侮ってはならない。
CDでこれ以下の出来で、並み居る評論家から絶賛を受けていることなど、ザラにある。

続いてベートーヴェンの第7番。1954年の録音である。第1楽章の序奏から主部に入るところは実に自然なテンポ設定で、ただ者ではないなと思わせるが、全体にはややリズムに張りがないというか、重さが感じられるところが惜しい。スケール感はあるが、この曲にはもっと力感と前進力が欲しい。
またトゥッティのところでの若干のアンサンブルの乱れと奏者のミスによる音の濁りは惜しい。ライブなので仕方がなかったのだろう。今ならゲネプロから録音しておいて、問題のある場所は差し替えるのだろうが…。
第2楽章はロマンチストらしいよく歌う演奏で、大変優れている。わずかなテンポの動きでそれぞれの部分の性格を印象づけるあたりはなかなかのものである。
第3楽章は予想通り切れが悪い。ここまでの演奏から十分予想できたのだが、まさに的中。破綻しているわけではないが、何ともおっとり刀のスケルツォになっているのは残念。品が良すぎるのだ。ベートーヴェンのスケルツォはもっと力強く、生命力の横溢が無くてはならぬ。
終楽章は立派な演奏だが、やや大人しすぎるようにも感じる。第2楽章が一番良かったということ。

1枚目の最後にはグリーグの2つの悲しい旋律から「過ぎゆく春」が入っていた。寒い雨の日曜日。いかにも花冷えの今日にピッタリの曲で、国王のテンペラメントにピッタリの作品で、予想通りの名演だった。
というわけで二枚目にはゲーゼの作品1となる序曲「オシアンの余韻」(1840)が冒頭にあり、続いてボアセンの歌劇「王の客人」(1919)の前奏曲が演奏されている。
ゲーゼの曲は14分あまりの力作で、聞き応えあり。スケールの大きな演奏で録音さえよければ十分今でも通用する出来映えである。
ちなみにシューマンがG-A-D-Eという音を並べて「北欧の歌」というピアノ曲を書いて、ゲーゼに音楽の挨拶を贈ったのは有名である。
この作曲家のかっちりとまとまったロマンチックな交響曲はなかなか良いものだと思うのだが、どうも今ひとつ人気が出ないのは不思議である。作品1の「オシアンの余韻」はスケールの大きな管弦楽作品で、メンデルスゾーンなどの影響を受けつつも、独自の少し暗く、重い響きと古典的な明晰さといった相反する性格を統合したゲーゼ独特の個性がすでに息づいた名作だ。
ボアセンは、ニールセンに至る前の時代のデンマークを代表する一人忘れてはならない作曲家で、その代表作の一つであるの歌劇「王の客人」は1919年の作。ここではその前奏曲が演奏されているが、ありあまる管弦楽法の技術で、聞き応えのある作品である。ちょっとワーグナーの影響がうかがえるが…。
そして最後のベートーヴェンの「英雄」はテープ録音の初期のものらしく、ワウが多く、テープのちょっと状態が良くないようで、冒頭は聞きづらいが、安定してくると、演奏のプロポーションの良さに耳が釘付けになる。
ただ、状態は冒頭のタンホイザーに次いで悪く、普通にお薦めできるものとは言い難いが、第7番よりもずっと緊張感もあり良い演奏だ。この難物をここまで表現できるというだけでも、この王様の音楽的技量と音楽性はかなり高いものと思う。
ナクソスに入っておられる方は一度ご賞味あれ!!
by Schweizer_Musik | 2008-03-31 10:40 | ナクソスのHPで聞いた録音
ホルンボーの音楽 -1-
ホルンボーを聞き 、色々と考えてみた。

ホルンボーについて、その略歴などの詳細についてはNORDIC FOREST-北欧のクラシック音楽というサイトを参照されたし!(このサイトがとりあげている作曲家の名前を全部知っているという方は多分…いないのではないだろうか?私は恥ずかしながら半分ぐらい…である)

ホルンボーは1909年に生まれたデンマークの作曲家である。
デンマークは王国である。かつての王様だったフレゼリクIX世(1899-1972)は無類の音楽好きでオーケストラを指揮した録音も残っている。この録音もナクソス・ミュージック・ライブラリーにある。ホルンボーと関係ないが、この王様の指揮は紹介したくなるほど上手い!ベートーヴェンの「英雄」など下手な演奏は山のようにあるが、この王様…なかなかやるのである。
このような文化的なお国柄であるから、小国ながらなかなか大した音楽家を輩出している。ニールセンが最も有名だが、ふるくはブクステフーデという大家を生んだ国であり、フリードリヒ・クーラウなどもドイツで修行し、デンマークで活躍した作曲家として名を成している。
二十世紀に入るとランゴー、ニールセンという巨頭が出てきたが、その後を引き継いだのがこのホルンボーだった。とは言え、はじめこそ華々しかったランゴーが、その後方向転換してロマン主義にグッと舵を切ったため、ランゴーが理解されるのはずいぶん後で、やはり一般にはニールセンからホルンボーという系譜が正しいようだ。

ニールセンのシンフォニストとしての資質、新古典主義的傾向をデンマークの民族主義と合わせて受け継いだのがホルンボーだと私は考えている。
長生きしたこともあり、また晩年に至まで正当な評価を受けつつ、創作力が衰えることなく過ごしたこともあって、残された作品は膨大である。
交響曲は13曲。まぁ二十世紀になってもミャスコフスキのように27曲も書いた人もいるし、アメリカのアラン・ホヴァネスは67曲も書いたそうだから、格別多いとは言い切れないものの、やはり半端な数ではない。
室内楽の基本とも言える弦楽四重奏曲は20曲あり、このあたりにホルンボーの新古典主義者としての面目躍如たるものがあるのかも知れない。
同じように交響曲と弦楽四重奏にまとまった作品を残した作曲家としてはショスタコーヴィチがいる。そのためにホルンボーはよくショスタコーヴィチの影響を受けた…云々の言辞が捧げられているが、表面的には近い何かを感じるが、ショスタコーヴィチとはあまりに違う世界観で音楽を書いているように思う。
ショスタコーヴィチは有り余るテクニックで、とてつもなく深く暗い淵からうめき声を笑い声に変換して音楽にしていたところがあるように思う。だから聞こえてくるものと表現しているものの間にとてつもない矛盾が生じ、それが彼の音楽のエネルギーになっていると考える。
またそれが現代が持つ様々な社会的な矛盾などと結びついて、リアリティーのある音楽に聞こえ、魅力に結びつく。
対してホルンボーはそうした矛盾はない。表現するものと音楽の間にはいささかの矛盾も感じられず、哀しいと涙を流し、嬉しいと笑い、喜ぶのだ。この音楽とその表現の間の幸せな一致が特徴だと思う。しかし、それが今の社会の中ではすでに過去のものとなっていて、理解を得られにくいのかも知れない。
悲しみを偽らなくてはならない時代に生きたショスタコーヴィチと、厳しい現実と向き合いながらもそうしなくても済んだホルンボーの間の差はここにあるように思う。

(この考察は更に続ける…予定)
by Schweizer_Musik | 2008-03-31 04:56 | ナクソスのHPで聞いた録音
ナクソスからメールが来た!
3月28日のナクソス・ミュージック・ライブラリーについての愚痴に、ナクソスのサポートからメールがあった。
こんなマイナーなブログまで読んでおられるとは驚きである。
あの時はホルンボーの音楽を聞いていて、演奏者が記載されていなかったり、間違っていたりということについて、改めて調べてみたり色々手間がかかって、少々イラついて書いたものであった。
その中で触れた私がナクソスに送ったメールもここに公開しておこうと思う。
2月25日に送ったものだ。

大変お忙しいことと存じますが以下の点、改善をお願いしたいと存じます。

1) ABCD103J.S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV 988(ラウリアラ)
冒頭から盛大な雑音が入り、正常に聞くことができない。

2) ABC4765963RUSSELL, Sally-Anne: Enchanting
曲名と音楽が全く異なります。学生に資料室のコンピューターで聞くように指示して判明しました。

3) HCD32214フランス・クラリネット室内楽集
いつくかを除いて、各楽曲の冒頭に雑音、もしくは音が途切れていたりしています。貴重な音源ですので、何とかしていただければと存じます。

また、昨年10月にご指摘申し上げた、チャイコフスキーの交響曲第3番「ポーランド」/幻想曲「テンペスト」NAXOS/8.550518での最後の音切れは未だ改善されていません。大変良い演奏だけにもったいないことだと思います。大半は聞けたので文句を言う筋合いではないと言われそうですが、やはりもったいないことですのでもう一度書かせていただきました。
今後とも、ナクソスのご発展を心よりお祈りいたします。

以上である。私はクレームを言うつもりなど毛頭なく、素晴らしいことをやってくれているナクソスへのエールのつもりで書いたものである。

これに対してナクソスからのメールはそのまま公開することは差し控えたいと思うが、大変誠意のある内容だと感じた。
これには、わざわざ私ごときにメールを下さったことも大きいが、ナクソスが大きくなり、多くの人が関わるようになる中で、様々な問題が出てきているということで、今後更に社員教育などを含め、徹底されていくというお話であったので、前言を撤回し、「シカト」されてはいなかったということで、幕引きとしたい。
今後とも、ナクソスの発展を願うことは言うまでもない。更にがんばって良い音楽を供給してほしいし、類を見ない音楽の百科事典になって欲しいと心から思う。
さて、私はホルンボー三昧をもう少し続けよう。この作曲家の作品はとても面白い!
今日はシンフォニアの日であった。
明日はシンフォニエッタの日にしよう。弦四はまだもう少し先…である。
by Schweizer_Musik | 2008-03-30 15:58 | 日々の出来事
昨日は藤沢で花見
c0042908_911583.jpg昨日はちょっと用足しに出かけたついでに藤沢まで足をのばして、花見をしてきた。写真はその時に撮った一枚。高曇りというか花曇りというか…そんな天気であったが、良い気分を味わった。
その帰り、市民会館にほど近いCDショップに立ち寄ろうと思って歩いていたら、通り過ぎて市民会館まで行ってしまった。おかしいなと思いつつも引き返してよく注意して歩いてみても無い。どうもつぶれてしまったようだ。
この辺りでは品揃えでは群を抜いていたのだが、商売を止めてしまっていたのには時代の変遷を感じた。
駅前のビルの最上階にあるタワー・レコードに行ってみたら、まだあった…(笑)。小一時間見ていたのに、欲しいものが見つからず…。こんな時代になったのだなぁとつくづく考えさせられ、何も買わないで帰って来た。
CDがつまらないというのではなく、すでに持っているものが多いためだ。新譜は大体iTuneで買ってしまうので、品物を手にとって買うことが無くなってしまった。それにジョンゲンやホルンボーの面白そうな曲があるわけではない(今、関心があるというだけなのだけれど…)。
古い録音をまとめたものや、相変わらずベートーヴェンやモーツァルトばかりで、レパートリーがどうしても古くさいということもある。
これらの大作曲家の音楽はもう大抵持っているので、よほどのことがない限り買うことがなくなっているのだ。演奏者の面白い組み合わせや、名演として知られていながら、長くCDになっていなかった初CD化物など…があれば、購入意欲が湧くのだが、いかんせんそうした代物はついに見つからず…である。
CDはすでに過去のメディアなのだろう。だからと言って、音楽を聞くソフトとしてブルーレイだとか新しい規格のメディアは関係なさそうである。いよいよショップは苦しい時代となったということだろう。

しかし、藤沢などに出かけることは何年かに一度であるが、あまり好きになれない街である。何故と聞かれて答えられないりだけれど…。商業地域ばかり歩き回っているせいかもしれない。
それでも河畔の桜は美しかった。その先にあるヤマハはかつてちょっとだけ担当していたこともあり、赴任して早々、この桜並木を歩いて挨拶に行ったことを思い出したりしていた。仕事はとんでもなくつまらなかったけれど、桜はきれいだった。
昨日はそのことを思い出して花見と洒落込んだ次第である。
by Schweizer_Musik | 2008-03-30 09:19 | 日々の出来事
春はあけぼの…音楽を聞こう -25.ホルンボーの金管五重奏曲
c0042908_7414230.jpg
昨日の嵐の後なので、今朝はどうなのかと気になっていたが、久しぶりに富士山もきれいに見えて、手前の小さな森の桜もきれいに咲いていて、春らしい富士の風景となった。あと手前のビルの2〜3棟を壊せば完璧になるのだが…(笑)。

春だからという曲ではないのだが、ホルンボーが1961年に書いた金管五重奏曲をとりあげようと思う。
金管と言うと、もうファンファーレのためにあると思いこんでいる人もいるけれど、この曲の第3楽章などを聞けば、いかに表現力に幅があるか分かってもらえるのではないだろうか。
ミュートを使うことで音色の変化をもたらす手法はかなり限定的で(第3楽章で少しストレート・ミュートを使っているだけのようだ、ひょっとすると第2楽章でカップを使っているかも知れないが、聞いた限りでは?という程度)、彼のスタイルからしたらこんなものなのだろうけれど、そうしたものに頼らずとも彼は十分に変化のある響きを書くことができたということだろう。
短い作品ではあるが、しみじみとした味わいにも、洒脱な雰囲気にも欠けていない。金管をやっている人達の間では、比較的よく知られている作品だが、金管マニアだけの楽しみにしておくのはもったいない!
BISの録音はスウェーデンの第一人者たちを集めた演奏で、大変見事!

c0042908_1191227.jpg先ほど、ちょっと散歩に出かけて、毎日の楽しみとなっている自動車学校の桜の木が満開で、青空に映えてとてもきれいだった。Tシャツ一枚で歩き回っているのは私だけのようだったけれど、この陽気であれば、ヨーロッパではみんなTシャツであろう。何だか一気に初夏になったような…(気が早すぎるか?)。ああ良い気分だ。
by Schweizer_Musik | 2008-03-29 07:44 | 春はあけぼの…音楽を楽しもう
ナクソス・ミュージック・ライブラリーについて…
ナクソス・ミュージック・ライブラリーのホルンボーの室内協奏曲の演奏者はデタラメなのは困ったものだ。第1集は演奏者が全く異なり、第2集は合っているのだが、第3、第4集は演奏者が記載されていない。
こうしたミスが時々あり、困ったものだと思う。
以前は間違いを指摘し直すようにカスタマーにメールをすると返事が返ってきたが、この前は返事は返って来ないし、はっきり言って無視されている。
私はクレーマーではないので、もう一度メールをしたりする気はないし、今後はおかしな所があっても放っておこうと思う。
善意を無視するような企業なら、どうなっても良いと思うからだ。
会社が変わって対応がかなり悪くなった印象…。良いことをしてもこれではダメだ。

ちょっと愚痴を書いてしまった。
by Schweizer_Musik | 2008-03-28 19:44 | ナクソスのHPで聞いた録音
ちょっと天候不順?
c0042908_18205117.jpg夜明けの頃にはどんよりと曇っていたのだが、次第に回復し、日差しが戻ってきたので散歩に出かける。裏の丘の北側の斜面の山桜もずいぶん美しく咲き始めている。隣のソメイヨシノはまだ一輪も咲いていないのに…。
ちなみにこのソメイヨシノは例年、東北地方の岩手から青森あたりと同じ時期に咲いているので、こんなものかも知れない。
c0042908_182658100.jpg
散歩から帰ってきてから、少し仕事をする。少しずつ新年度の授業の下調べや資料をまとめる作業などをしておかないと、大変なのだ。学生諸君は「テキトーに何か喋ってお金がもらえていいですね」などと言う輩もいるのだが、そんなものてはないのだ。
午後から歯医者に出かけて、帰ってきたら雷雨になる。ニュースを見ていると鹿児島で竜巻が発生したとのこと。春先の気候ってこんなものだっけ…。
写真はつい今し方、我が家から大船観音の方を写真で撮ったもの。五時半頃だったのだが、風が強くあまりに暗くてかなり手ぶれ状態になってしまった。少し望遠にしたせいである。

雷が鳴りやんだので、ホルンボーの室内協奏曲を聞き始めたところ。多くは初期から中期にかけての作品であるが、この作曲家が戦後の「現代音楽」に対して毅然とした態度をとり続けたことを知る。
交響曲よりも少し渋い楽想の曲が多く、興味深く感じている。
明日は弦楽四重奏(なんと20曲もある…)を聞いてみようと思う。
by Schweizer_Musik | 2008-03-28 18:33 | 日々の出来事
ホルンボーの交響曲全集を聞く
c0042908_632394.jpg

20世紀デンマークを代表するホルンボーという作曲家は、若くして作曲に専念できる環境に入れたこともあってか、膨大な作品を残した。長生きした(1909年に生まれ1996に亡くなった)こともあるが、晩年、病気がちになっても創作力は衰えなかった。
13曲ある交響曲、20曲ある弦楽四重奏曲などがナクソスにあり、いつか聞こうと思っていたのだが、昨日の夜少し聞いて、今朝、目覚めに一枚あまりの分量を聞き、大体半分は終わった。
私は大分前にBISから出た管楽器のための協奏曲集を偶然持っている程度で、面白そうな作曲家であるとは思ったものの、そのままになっていたため、まだまだホルンボーについて語る資格などないが、交響曲を聞いていて、これほどのシンフォニストが居たとは不明であった。
実に面白い作曲家で、今ようやく第7番に入ったところであるが、ニールセンの影響の下、民謡などを素材とした新古典主義的な作風から出発し(出世作となった第2番はかなりカッコイイ曲で、わが教え子たちも好きになるのではないだろうか?)、次第に持続的にモチーフの展開を目指す方向へと向かっていき、近代モードをとりいれて新しいサウンドを目指し始め、形式もオネゲル風の3楽章制から様々に試み、そして3楽章制へと戻る過程が、交響曲を聞いていると俯瞰できる。
それにしても、こんな面白い作曲家を無視するのはもったいない。初期の第1番や第3番は現代音楽嫌いの方でもきっと好きになると思う。
さすがに7番あたりになると調性感は希薄になる。けれど、今まで聞いた作品で無調の曲は無い。ダルムシュタット楽派がサウンドと理論に傾斜して行く中で、彼は自らのスタイルを守り抜いたと思う。
それはハンガリーのバルトークの高弟、シャーンドル・ヴェレシュに似ている。ヴェレシュのように祖国を失うような悲劇に見舞われなかったが、1950年代以降の彼の音楽スタイルは、当時の音楽シーンに対するアンチテーゼとして実に勇気あるものだったと思う。
ナクソスの存在は絶大だ。これらの音楽を俯瞰する機会を与えてくれる。感謝しつつ、今第7番を聞き終え、第8番に入ろう。
未聴の方にはぜひお薦めしたい!
上の写真は、昨日の朝の光のカーテンである。今朝はどんよりとした空模様である。なんとなくホルンボーの中期の作品に合うかなと思ってこれを選んだ。
by Schweizer_Musik | 2008-03-28 05:49 | ナクソスのHPで聞いた録音
再び、ドビュッシーの交響組曲「春」〜合唱入りの版を聞いて
c0042908_19385941.jpg

春は花の季節。毎日行く散歩コースの桜。今日は午後になってしまったが、一日で随分美しく花開き、ほぼ満開となっていた。週末には花吹雪となるのではないだろうか?
毎朝見ているこの自動車教習所の桜は、実は午後の光が一段ときれいであることを今日発見した。朝の散歩であったのだが、これからは午後の散歩にしようかと思ってみたりしている。
今日は久しぶりに一日作曲にあてた。とは言え、気候の良さにどうも落ち着かず、午後には散歩に出て気張らしして帰ると、先日AMAZONの方から注文していたドビュッシーの「春」が届いていた。
で、夢中になって聞く。面白い!演奏がエミル・ド・コー指揮 サンフランシスコ・バレエ管弦楽団,合唱団ということだったが、なかなかに上手い演奏で、コーラスもやや発声やピッチといった点で不満もあるのだが、大体合格点であった。
指揮はテンポが若干重くなる傾向があり、しみじみとした味わいではあるが、もう少し羽根のような軽さが欲しいと思うところもあった。
しかしそうした些末なことよりも「春」のコーラス入りは管弦楽だけの版よりも遙かに美しく、どうしてビュッセルがコーラスを外したのか、理解に苦しむほどであった。何らかの演奏に関する事情があったものと推察するが、本来の作品の姿がどうだったか、論じるほど詳しくはないが、コーラスの使用は実に効果的で、目が覚める思いであった。
なるほど、想像していただけではダメ。やはりこれは一聴に値するものであった。お薦め下さったドクター円海山さんに感謝!である。
桜の美しい姿がソプラノのヴォカリーズにダブってきた。なるほどこれは春の音楽である。

桜の写真を小さくしようかと思ったのだけれど、あまりきれいだったので小さくするのが惜しくなり、大きく(実際には更に大きいのだけれど)して公開してみる。
by Schweizer_Musik | 2008-03-27 19:53 | CD試聴記