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明日からしばらく留守にいたします…
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明日から九月一日まで長女と二人でスイスに行きますので、しばらくブログの方はお休みを頂きます。
家は次女もお爺ちゃんもお婆ちゃんも、妻もいますので、家がからっぽになるわけではありませんので、泥棒さんには残念でした…(笑)。

なんとか、夕方近くなって準備をのろのろ始めて、終わりました。今回はコンサートでご挨拶をしなくてはならないのでスイス旅行でははじめてスーツケースにスーツを入れて参ります。
おかげで、運動靴だけで登山靴は持って行きません。山歩きは今回は時間がないので出来そうもないのです。残念です。
バーゼルからジュネーヴ、そしてルツェルンからチューリッヒへと行きます。夏に行くのに音楽会が目的というのも何だか変な気がします。
携帯はそのまま使えますので、急用の方はどうぞ電話して下さいませ…。(料金が高いので長電話厳禁!です)
2週間ほどで復帰しますので、お見捨てにならないよう、復帰した暁には賑々しくお越し下さいますよう、心よりお願い申し上げます。
by Schweizer_Musik | 2008-08-17 23:19 | 日々の出来事
夏…涼しくして音楽を聞こう -33. バックスの「夏の音楽」
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作曲者 : BAX, Arnold 1883-1953 英
曲名  : 交響詩「夏の音楽」(1920)
演奏者 : デイヴィッド・ロイド=ジョーンズ指揮 ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
CD番号 : NAXOS/8.557144
このアルバムは こちら

オネゲルの「夏の牧歌」、ダンディの「フランス山人の歌による交響曲」、カントルーブの「オーヴェルニュの歌」などと並ぶ、私の夏の定番がこの曲である。
かつてはトムソン指揮アルスター管弦楽団によってこの曲を知り、それで長く楽しんで来たのだが、このずっきりした演奏もなかなか良いなぁと思い、この所はもっぱらロイド=ジョーンズが登板することが多い。
番号のついていない交響曲「春の炎」はすでに完成していたものの、本格的に交響曲に取り組む直前の頃の作品で、傑作「ティンタジェル城」などを書いた後に書かれた作品で、充実した傑作である。
夏のなんとも言えない物憂げな表現が、いつもの重厚な響きのバックスらしくないなぁと思ったりして…。冒頭の弦とハープの薄い響きの上にホルン、オーボエと歌い継がれるメロディーは、凄い名旋律などと言うのは言い過ぎだとしても、ふかく印象にのこるメロディーだと思う。
夏の昼下がり、木陰で吹き来る風に身を委ねて、こんな音楽を聞いていたいものである。
演奏もまずは私好みのすっきりした演奏でよろしい!ナクソスの録音は演奏ノイズ(譜めくりなどの音)がちょっと五月蠅いことも多いのだが、この録音もそうで、もう少し配慮してくれれば…と思う。

写真はスイス、グレヒェンのハンニックアルプから見たローヌの谷とその向こうに聳えるビーチホルン…等々の4000メートル級の山々。
by Schweizer_Musik | 2008-08-17 20:50 | 夏…涼しくして音楽を聞こう
夏…涼しくして音楽を聞こう -32. ラフの 交響曲 第9番 ホ短調「夏の日」
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作曲者 : RAFF, Joachim 1822-1882 スイス→独
曲名  : 交響曲 第9番 ホ短調「夏の日」Op.208 (1878)
演奏者 : ウェルナー・アンドレアス・アルベルト指揮フィルハーモニア・フンガリカ
CD番号 : cpo/999 536-2
ウルス・シュナイダー指揮のマルコ・ポーロへの録音は こちら

ヨアヒム・ラフ後期の4部作から夏の日を表現した交響曲第9番ホ短調を。この第8番から第11番にかけて書かれたヨアヒム・ラフの交響曲シリーズは「春の音」「夏の日」「秋」「冬」と四季をテーマとしたシリーズで、どの曲も4つの楽章からなり、楽章にもタイトルが付けられている。
ヨアヒム・ラフは、未だ再発見が進んでいないロマン派の作曲家である。チューリッヒに近い湖畔の町ラーヘンに生まれ、学校の先生などをしながら独学で音楽を学び、演奏旅行に来たリストに会うためにはるかバーゼルまで歩いて出かけ、そこでリストの知遇を得て、彼の秘書となる。
そしてドップラーなどとともに、リスト作品のオーケストレーションをし、1857年に独立して、一人前の作曲家として次第に認められていったのだった。
彼の最初の成功作は何か、難しいのだけれど、ハンス・フォン・ビューローが初演したピアノと管弦楽のための「春の頌歌」Op.76ではないだろうか。
彼はリストの作品のオーケストレーションでは完全にリストのスタイルを守っているけれど、自作品ではメンデルスゾーン風の描写も好んでいて、代表作とされる交響曲第5番「レノーレ」や第7番「アルプスにて」など標題性に適性を示したと考えられる。
この「夏の日」と題された交響曲第9番も第1楽章が「夏の日の暑さ "Ein heißer Tag"」、第2楽章が「妖精のパーティー "Die Jagd der Elfen"」、第3楽章「牧歌 "Ekloge"」第4楽章「収穫祭 "Zum Erntekranz"」というタイトルを持っている。
またリストのように凝った和声というより、すっきりとした和声法と完璧と言ってよい管弦楽法で聞かせる。
民謡風の素朴で、伸びやかなメロディーにこそラフの特長があり、彼の作品の中で最もヒットしたカヴァティーナのサロン風の音楽だけ彼を誤解してはならない。
ラフはリストの元で10年あまり仕事をしていたため、世に出たのが35才を過ぎてからであった。
そのため、1882年に亡くなったラフが実際に活動したのは20年あまりであったと言ってよいだろう。その中で彼は膨大な作品を残した。
シュテルン音楽院の院長として、あのクララ・ハスキルをピアノ科の教授に招くなど、様々な業績も残しているのだから、大変勤勉なタイプで、私などは典型的スイス人に思える。

写真はそのラフが生まれたラーヘンの湖畔の風景。ついでにちょっとだけ見えている教会の前の通りはこんな感じ。
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ありふれたスイスの田舎町の通りという感じ…。わざわざ載せるほどのものではないけれど、この町のことを紹介したガイドブックは存在しないので、多分こうした写真はないと思われるので、ここに載せておこうと思った次第。
by Schweizer_Musik | 2008-08-17 20:18 | 夏…涼しくして音楽を聞こう
新曲のタイトルを決定
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新作のタイトルは「風の対話」(変奏曲とフーガ)ということにした。朝から少しだけ改訂を加えてはみている。何度見返しても、ミスが出て来る。私にしては大きな曲(笑)なので、苦し紛れで書いたところは大体どこかにミスが潜んでいるようだ。ああ情けない…。
公式ページの曲名も"Dialogue of the Winds (Variations and Fugue)"に直した。聞くにはQuickTimeが必要なので、ダウンロードしてどうぞ!

写真は、大好きなソーリオの村の風景。ピッツ・パディーレの巨大な一枚岩が覗いている…。
by Schweizer_Musik | 2008-08-17 11:21 | 日々の出来事
新曲出来ました
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作品名 : 変奏曲とフーガ(仮題)
編成  : ピアノ独奏
演奏時間 6分程度

置き場所 : 公式ホームページのsolo曲のところ。
一度お聞き下さいませ。今まで書いたピアノ曲の中でも最もうまく書けたと思う。主題は私が何度か使った「風の動機」(私の命名ですので、検索しても何も出ませんよ…笑)で書かれ、それをパッサカリア主題として、いくつかの調性に転調しながら10の変奏をし、最高潮のところでフーガにはいる。
フーガは三声部で書かれ、型どおりのストレッタなどを経て、盛り上がって終わるように書いた。
もちろん、敬愛するピアニストの津田さんに差し上げるつもりというか、彼女に弾いて欲しい一心で書いた。書いている時は、彼女の美しい木質のピアノの音を想定しながら書いた。
明後日、スイスに行くときに、スーツケースの中にこの楽譜を入れていく予定…。

実は、フーガへの移行が今ひとつ気に入っていないので、多分、あと一ヶ月の間に改訂するだろう。タイトルも「変奏曲とフーガ」などと無味乾燥なものでなく、もう少しイメージが膨らむものにしたい。
曲は「風」をイメージしている。少し暗い風の印象でこの曲は書かれたけれど、感傷的なものではなく、もう少し重いものをイメージしている。

パッサカリアは同じテーマをくり返すため、転調することはないのだが、私はそうしたところからは自由でありたいと思っていたし、パッサカリアのスタイルを部分的に借りて自由に書いたと考えて頂いた方が良いと思う。
フーガ主題は、パッサカリアの最初の4つの音から始まるが、フーガとこの変奏曲のテーマとほぼ同時に出来た。というよりも変奏曲のテーマの和音が決まらなかったのが、変奏曲の完成に手間取った原因である。
フーガの方がずっと早く出来たけれど、これも主題に凝ったこともあって手間取ってしまった。フリギアとロクリア、あるいはヒポフリギアによる作品であるが、あまり作曲者が自分の作品について書くのもいかがなものかと思うのでこの程度にしておこう。

写真はゴルナーグラートからの雲を纏ったマッターホルンである。手前の建物はゴルナーグラート・クルム・ホテルで、3500メートルほどの標高にある山岳ホテルとして超がつくほど有名なホテルである。
私も何度か泊まったことがあるが、最終列車が出てしまうと、宿泊客とホテルの従業員しかいない、素晴らしい静寂の中に過ごすことができるはずである。
ついでに、鉄道もフレームの中に入れた、雲を纏っていないマッターホルンの写真もどうぞ!ゴルナーグラートの駅から撮ったもの。
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ルドルフ・ケンペがロイヤル・フィルを指揮したシュトラウスのアルプス交響曲のCDのジャケット、ひょっとしたらこの角度ではないかと、写真を確認しながら考えはじめている。さまよえる歌人での記事を読んでもっと違う角度だと思ったけれど、少し歪んでいるけれど、きっとリッフェルゼーの写真だと思う。そうすると左手の壁の影が説明がつく…。

マッターホルン・シリーズ、そろそろ厭きてきたのでは…?これをもって終わりにしようと思います。
by Schweizer_Musik | 2008-08-16 21:11 | 新曲出来ました
夏…涼しくして音楽を聞こう -31. 戦争レクイエム
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作曲者 : BRITTEN, Benjamin 1913-1976 英
曲名  : 戦争レクイエム Op.66 (1960-61)
演奏者 : リチャード・ヒコックス指揮 ロンドン交響楽団,合唱団, セント・ポール大聖堂聖歌隊, ロデリック・エルムス(org), ヘーザ-・ハーパー(sop), フィリップ・ラングリッジ(ten), ジョン・シャーリー=カーク(br)
CD番号 : CHANDOS/CHAN8983-84
このアルバムは こちら

終戦記念日に聞く音楽、第3弾。どうしてもこれを外しておくには心が痛むので…。ベンジャミン・ブリテンの他の曲を何も書かず、ただこの曲だけを残したとしても、おそらく彼の名前は不滅であっただろう。

オーウェンの詩の一節をブリテンはスコアの冒頭に引用している。
「私の主題は戦争であり、戦争の悲しみである。詩はその悲しみの中にある。詩人の為しうる全てとは、警告を与えることにある。」と…。
ウィルフレッド・エドワード・ソールター・オーエン(長い名前!)は、死すべき定めの若者のための賛歌などの詩で知られるイギリスの詩人で、25才の若さで第一次世界大戦で戦死した。
彼は、1918年、休戦発効の一週間前のサンブルの戦いで戦死したのだった。

その彼が書いた戦争の詩を使い、1960年から1961にかけて書かれたこの作品は、1940年のナチス・ドイツによるイギリス空爆によって破壊されたウォリックシャー(イギリス中部)の町コヴェントリーにある聖マイケル教会の聖堂の献堂式のために書かれたのだった。
そして、1962年5月30日に予定通りこの献堂式で初演された。
初演のソプラノとしてムスティスラフ・ロストロポーヴィッチの夫人のガリーナ・ヴィシネフスカヤが予定されていたが、ソ連当局の急な出国停止により間に合わず、この初演の時はヘルタ・テッパーが出演したという。

反戦平和主義者だったブリテンが、この作品で描いた戦争の悲劇と反戦のメッセージは今も強いインパクトを持っている。テノールによって歌われるオーウェンの詩は、ミサの典礼文を歌うソプラノと合唱と一体化し、この極めて特殊なレクイエムを20世紀に書かれた音楽作品の屈指の名作と成している。
ブリテン自身の指揮によって、初演にソ連当局の邪魔によって間に合わなかったガリーナ・ヴィシネフスカヤも参加した演奏がCD化されている。確か第一回のレコードアカデミー賞の大賞がこのレコードで、1970年頃から本格的にレコードわ聞き始めた私などは常に手が出ない高嶺の花だった…。
で、その歴史的名盤は、私如きがあーだ、こーだと書いても仕方がないので、最近聞いた中で最も目覚ましい名演ということで、ヒコックスの1991年2月の録音(何が最近だ!)を紹介しておこう。ナクソスで聞くことができるこの演奏は、この曲の演奏史でも特筆すべき名演だと私は確信する。

さて、愚かにも大国のエゴイズムをむき出しにして、今日も戦争をしているどこかの国の指導者たちに聞かせるには、こんなに相応しい音楽はない。領土を戦争をして拡大したりするのに、どんな理論武装してもたかが「盗人にも三分の理…」程度の理しかないのだ…。
また、戦争を美化したりする愚かな者に、ぜひ聞かせたい音楽でもある。
私はどんな紛争でも戦争には反対だ。音楽は平和でなくては存在できない。そんな音楽に携わる者として、戦争を肯定することは、自分の存在そのものを否定することだと思っている。

写真はフィンデルンの村からみたマッターホルン(の裾野…)である。いつもきれいに見られるわけではないけれど、このほとんど写っていないマッターホルンの写真。私は意外と気に入っている。
でもこれだけでは、マッターホルンとは思ってもらえないかも知れないので、ゴルナーグラート鉄道で登ったところのリッフェルゼーから見るマッターホルンもどうぞ…。ちょっと涼しいでしょ?
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by Schweizer_Musik | 2008-08-15 20:54 | 夏…涼しくして音楽を聞こう
夏…涼しくして音楽を聞こう -30. ヴェルディのレクイエム
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作曲者 : VERDI, Guiseppe 1813-1901 伊
曲名  : レクイエム (1874)
演奏者 : アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団.ロバート・ショウ合唱団,ヘルヴァ・ネルリ(sop),フェドーラ・バルビエーリ(M-sop),ジュゼッペ・ディ・ステファーノ(ten),チェーザレ・シエピ(bs)
CD番号 : BMG/BVCC-7012〜18
ヴィクトル・デ・ザバータの名演は こちら

1938年に始まったこの音楽祭は、ナチスによるオーストリア併合によってザルツブルク音楽祭に出ることが出来なくなった音楽家(追い出された者、そしてナチスを嫌って出演をボイコットした者など多数いた…)が、それではと当時夏の音楽祭開催を願い、運動していたルツェルン市がブッシュ兄弟に相談し、それならとトスカニーニがやってくることで開催がはじまったものだったからである。
詳しくは私もかなり書いたつもりのWikiの記載を参照してほしい。
こうして始まったものの、第2回が終わるとナチス・ドイツはポーランドに侵攻し、第二次大戦が始まってしまう。

スイスは中立国であった。首都であるベルンにはドイツの大使館もあれば、イギリスやフランスの大使館もあった。
だから大丈夫というのは間違いで、オーストリアも中立だったはずなのにドイツは大統領だったか首相だったかをヒットラーの山荘に呼びつけて恫喝したあげく、一気にオーストリアをドイツの一部にしてしまったのだった。スイスもいつそうなってもおかしくない状況の中、アンリ・ギザン将軍が呼びかけ、スイス全軍による武装と国境警備が行われることとなったのである。
こうした状況で第三回の音楽祭は、牽引役だったルツェルン市長が急死したこともあり中止せざるを得なくなるが、1941年からは再開され、イタリアのヴィクトル・デ・ザバータやドイツのヴィルヘルム・フルトヴェングラーなどを招聘して行われている。
戦争が終わってからは、戦勝国の演奏家たちを中心に開催されるようになったものの、フルトヴェングラーなども招聘されるようになって平和と和解の音楽祭となったのだった。

大戦の足音が次第に大きくなる1939年。第2回の音楽祭がブルーノ・ワルターやアルトゥーロ・トスカニーニを招いて大々的に行われた。8月16日と17日にこのヴェルディのレクイエムがルツェルンのイエズス教会でトスカニーニの指揮で演奏され、ヨーロッパ中にラジオで流されたのだった。
これは、戦争へと突き進むナチスとムッソリーニなどの枢軸国へ向けた、私は平和のメッセージだったと思っている。
(この翌日8月18日にブルーノ・ワルターの次女のグレーテルと夫がチューリッヒで離婚の話し合いを行っている最中、夫によりグレーテルが射殺されるという事件が起こるのだが、これについては以前詳しく書いたので、今回はこのくらいにしておこう)
大戦中の1943年には、スイスに住んでいたカール・シューリヒトの指揮によってミサ・ソレムニスと第九の演奏も行われ、翌年の1944年には敗色濃厚のドイツからヴィルヘルム・フルトヴェングラーが招聘されたことなどは、スイスが中立であることの意味を痛感させられる。

戦争が終わり、再びブルーノ・ワルターやアルトゥーロ・トスカニーニが訪れ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーも1947年から演奏することとなったルツェルン音楽祭の意義を再び考えていて、トスカニーニの指揮したヴェルレクをとりあげた次第である。
1954年の録音で、歌手たちも含めてヴィクトル・デ・ザバータのものと双璧であろう。
平凡な選曲と笑われそうだけれど、やはりこの音楽を聞きながら、戦争はやっぱりいけないことだとつくづく思うのであった。

上の写真はクライン・マッターホルンという小さな(それでも3000メートルを超える)ピークの展望台から撮ったマッターホルンである。
続いて下の写真は、隣のツィナールという村の展望台にあがるロープウェイの途中、ほんの数秒だけ頭を見せるマッターホルンの頭…である。ちょっと珍しいだろうと思ったので…。
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by Schweizer_Musik | 2008-08-15 19:11 | 夏…涼しくして音楽を聞こう
今朝も作曲…
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今朝も作曲。佳境に入ると頭の中で鳴っている音がそのまま楽譜にできるわけでなく、色々と考えていた仕掛けが、うまくはまるわけでもなく、結構大変である。
8小節ほど進んだけれど、演奏時間に直せば10秒にもならない…(苦笑)。
あと三日で書き上げられれば、スイスで津田さんに差し上げられるのだが、果たして出来上がるかどうか…。あと少し変奏を書かないといけない。

マッターホルン・シリーズ第2弾はツェルマットからスネガ・エクスプレスで登ったところからの一枚。マッターホルンが一番美しい姿と言われている。確かにすっきりしているかな?ちょっと細面のマッターホルンだけれど、私は最初のシュヴァルツゼーからのマッターホルンが好きだ。
前に載せたものはアップで撮ったものだったので、シュヴァルツゼーからの全景も一枚。同じ日の朝。時間は少し経って陽が少し麓まで射している。
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by Schweizer_Musik | 2008-08-15 09:29 | 日々の出来事
名刺作り…
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家族が星野ジャパンの試合を見ている横で、スイスでもしかしたら必要?かも知れない名刺を作っていた。
名刺用のシートを買って来て、MACの標準的なワープロ・ソフトであるPagesで作った。あまりに簡単なので、これでは名刺屋が儲からないはずだと思った次第。
最近の作品から、ソナチネの2楽章の部分と、フーガの楽譜をイラストのかわりに使って、音楽家であることをちょっと主張する(笑)。まっ、写真を載せようかと思ったのだけれど、ビジネスマンみたいで、ちょっと抵抗を感じて止めた。
電話番号と携帯番号、公式ホーム・ページとメール・アドレス、そして日本語オンリーながらこのブログのURLを載せておしまい。
いや、名刺屋に頼もうと思ったらお盆休みで頼めなかったから自分でやるかと思っただけなのだが、うまくいった。
コンピューターが何でもやってくれるなんてことはないけれど、色んなことをやってくれるようになって、随分便利になったことだけは確かだ。
フィルム・カメラが無くなり、CD屋が無くなり(まだ無くなってないけれど…)今度は名刺屋が無くなりそうだ…。少なくとも、私の中では無くなってしまった…。
写真は言わずと知れたマッターホルン。今から10年あまり前、シュヴァルツゼーに宿泊した折に撮った一枚。知っているならば、ソルヴェイ小屋が中腹に小さく写っているのに気付かれるだろう。
しばらくマッターホルンの写真をシリーズで貼り付けることにしようと思う…。
by Schweizer_Musik | 2008-08-14 22:34 | 日々の出来事
夏…涼しくして音楽を聞こう -29. 細川俊夫の「ヒロシマ・レクイエム」
作曲者 : HOSOKAWA, Toshio (細川俊夫) 1955- 日本
曲名  : ヒロシマ・レクイエム 〜 語り,独唱.混声合唱, 児童合唱, テープとオーケストラのための (1989)
演奏者 : 今村 能指揮 新交響楽団, 合唱団OSP, 東京少年少女合唱隊(田中信昭 合唱指揮), 永石菊乃(sop), 浜田理恵(sop), 安孫子奈穂美(alt), 小畑朱美(alt), 植木紀夫(ten), 田中孝男(ten), 佐野正一(bs), 谷 篤(bs), 秋山 亮(語り), 片山みゆき(語り), ジョン・ブロウカリング(語り)
CD番号 : 細川俊夫 ヒロシマ・レクイエム - 音宇宙 IV_fontec/FOCD9118

明日は太平洋戦争で日本が負けた記念日である。「負けた」と書いて「今度やったら勝つぞ」という意味を含ませているのではないので誤解なきよう。私は素朴な平和主義者なので、あまり難しいことを書くことはできない。(第1、わからないので…)
しかし、戦争をしてはいけないことだけは分かっているつもりである。そんな日記念日に聞くべき音楽は何が相応しいだろうと思い続け、細川俊夫氏の「ヒロシマ・レクイエム」にした次第である。
昨日、この作曲者にお会いしたけれど、それで選んだのではない。この作曲者のこだわりというか、執念のようなものがこの曲の中にはあり、それが私を突き動かすのだ。
この曲は、作曲されて後もずっと改訂をし続けている。私の持っているCDは2楽章のみなのだが、今年、8月29日(なんと私の曲がトーンハレでやられる日と同じ日…)にエバーバッハ修道院(ドイツ、ラインガウ)であと3楽章が新たに作曲された改訂版が演奏されるという。(「ヒロシマ・声なき声」という曲名となって2003年のフォンテックからCD化されているが、私は残念ながら未聴…)

私の持つCDは2楽章の最初の版であるが、1991年に第3楽章「夜明け」が書き加えられている。そのあたりの経緯については日本ショット社のHPにあるので参照されたし。ショット社の作曲者によるコメントのあるページはこちら

それでもこの作品から私が受けたインパクトの大きさは、あのペンデレツキ以上であった。第1楽章はオーケストラのみであるが、第2楽章「死と再生」では合唱が加わる。
かつて、林光氏の「原爆小景」で聞いた激烈な表現に対して、細川俊夫氏の表現ははるかに寡黙である。子供の朗読する詩は、素朴なものだけに逆に胸をえぐるように強烈だ。
あのアメリカ軍の長崎での記録からの佇む少年の写真が浮かび上がる。軍靴の迫り来る響きと英語、女性のナレーションなどが交錯する中、私の心はあまりの恐ろしい情景の前におののくばかりである。
戦争の現実とはこれなのだ…。私はやはり素朴でも良いからいかなる戦争に対しても反対をすべきだと再び確信した。

8月6日から敗戦の日である8月15日までの一週間あまりは、暑いけれどこうして日本の歴史を考える時間としてあるべきだろうと思う。普段は私もかなりいい加減な奴だけれど、この九日間は大切な戦争とその愚かさを考える期間であるべきだと思う。
で、この記念日に、私が広島の原爆について書かれた作品の中でも最も恐ろしい作品であるこの「ヒロシマ・レクイエム」を聞いて過ごすことにしよう。

この音楽を聞きながら、写真をどうしようと思ったが、この厳しい音楽に相応しい写真なんて私は持たない。ぜひ原爆記念館にみなさん行きましょう!!
by Schweizer_Musik | 2008-08-14 20:42 | 夏…涼しくして音楽を聞こう