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ウェーベルンの管弦楽のための6つの小品を故若杉 弘氏の名演で聞く
作曲者 :WEBERN, Anton 1883-1945 オーストリア
曲名  : 管弦楽のための6つの小品 Op.6a (1909)
演奏者 : 若杉 弘指揮 ケルン放送交響楽団
CD番号 : BMG/BVCD-38067〜8

昨日は飲み過ぎたらしく、今朝はややボーッとしていたけれど、気持ちの良い酒だったので、いつもの時間に起き、仕事を開始。少し疲れたので、なすびのお漬け物とお茶でおやつを頂く。実は最近の糠味噌は大変よく働いてくれる。最初の頃よりずっと美味しくなってきて、二日ほど漬けたあったなすびがあまりに美味しく、一気に終わってしまった…。もちろん続けてつけてあるので、明日もまた少し取り出しては新たにつけ込むというサイクルを実施することとなるのだ。
Vica乳酸菌!である(爆)。

さてそれはともかく、チャイコフスキーの編曲で少しはまってしまったみたいで、作曲が少々不調で困っていたのだけれど、昨日あたりから復活してきた。ピアノの小品を知り合いのピアニストから頼まれたので書いていたら次第に勘が戻ってきたみたいだ。
こんな状態なので、今日は結局一日仕事にはまっていて、さきほど終わって本格的にボーッと(ぼんやりするのに本格的はないかな…笑)していたら、昨年の卒業生から演奏会をするという案内がメールで届いていた。
私の曲の演奏会の一週間後のようだ。行けるかなぁ…。

この6曲のミニアチューア(小宇宙)をどう言えば良いのか…。何度も授業でとりあげたけれど、昨年度はとうとうこの曲にたどり着く前に終わってしまった…(ああ残念!!)。
初めて聞いた時の衝撃は大きかった。こんな短くても成立するのかと驚くばかりだったけれど、多少知識と慣れもあって、次第に楽しめるようになった。というよりいつの間にかこんなどっぷりはまってしまい、美しい世界があるのかとあれやこれやと買い込んで聞き比べたりして楽しんでいる。
カラヤンやピエール・ブーレーズのCDにはじまった遍歴も、アバドなどに至り、エリアフ・インバルやヴァント(これは厳しい名演だった…)やピエール・ブーレーズの新しい録音、ケーゲルの録音にハイティンクのライブ盤なども…。ドホナーニも確かあったはずなのだが、どうしても見つからず、この試聴は亡きマエストロ若杉弘氏をとりあげた。
1977年頃の録音で、テープのヒスノイズはそれなりにのっているけれど、放送局の録音らしく聞きやすい。エッジもしっかり効いていて、私の点数はずいぶん高い。
これを聞き、二枚目に入っているベルクのヴァイオリン協奏曲が今終わったところ。最後のコラールでちょっと涙が出てしまった。新ウィーン楽派もかつては現代音楽扱いだったが、最近はそういうこともなくなったのは、まっ当然のことではあるが、ようやく市民権を得たということだろうか?
若杉氏の指揮は、アインザッツが明瞭なキビキビしたものではなく、どんな音楽でもよく歌い、楽員間でよく聞き合い、アンサンブルしているのがよくわかる。ギリギリと楽員を締め付けるのではない若杉氏特有の良さが端々に出ていてこれは良い録音だった。

写真はまたまた音楽の聖地(?…笑)クララン。これまだ使っていないと思うけれど…、未確認…。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-31 20:21 | CD試聴記
昨日と今日は某ホール付近を徘徊してました…
二日連続で、自作のリハーサルというか、打ち合わせがあり、東京の某ホールに出没し、付近を徘徊していた。今日はその後でいつもの写譜屋のN君と、指揮者のHさんの3人で飯田橋で飲んだ。戦後まもなくの駅前の居酒屋がこんな感じだったっけという不思議な店を見つけ、ビールケースに板を敷いて座布団を乗せた椅子らしきものに座ってハイボール(なんとサイダーは瓶のまま供される…)を飲み、熱燗(持つのにかなりの努力が必要な熱さ…笑)を飲み、ヘベレケになるまで行ってしまった。
ホルン奏者のK君からは協奏曲の委嘱があり、受けてみることにしたけれど、まぁずっと先のこととなるので、構想だけは夏のスイスで練ることにしようと思う。
色々と面白い企画が飛び出しているし、リハーサルでお会いした二人のピアニストも素晴らしい演奏で、よく練習していただいていたので、作曲者としては極めて満足している。大変充実した二日間…であった。
飲み過ぎた今日はもう寝ます…。明日は休養にあてよう。

今日は新しくピアノ曲を書き始めた。タンゴの仕立て直しを先にしようかとも思ったけれど、テーマが出来たので、明日はこれを追いかけてみよう。トッカータである。昨日私の曲を弾いてくれたOさんに依頼されたもの。ただ、全くまだ気に入っていない。明日になれば破棄するかもしれないが、とりあえず飲んでの帰りも、ちょっと書いてみた。うーん…。
by Schweizer_Musik | 2010-03-31 00:44 | 日々の出来事
グラズノフの交響曲全集がたったの900円!!
作曲者 : GLAZUNOV, Alexander 1865-1936 露
曲名  : 交響曲 第1番 ホ長調「スラブ」Op.5 (1881-82/1888,1929改訂)
演奏者 : ヴラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団
CD番号 : iTune−Storeにてダウンロード

1976年から1979年にかけて録音されたもので、CDではVeneziaレーベルからCDVE04383として出ていたものが、なんと900円(CD四枚分!!)で出ていたので、即ダウンロード。実はグラズノフのピアノ・ソナタの演奏を探していて偶然見つけたもの。
その中から第1番を聞いてみた。推進力のある見事な演奏で、はてこの指揮者、こんなによかったかなぁなどと見直した次第。
明るく、颯爽とした楽想が続くごくグラズノフが16才の時に書き始め、後年改訂をしたもの。よほどこの曲が気に入っていたものと思われる。確かに若い時にしかないような輝きがメロディーののびやかさに出ている。こんな魅力的な音楽を彼は書いていたのかと更に驚くことになった。
いや、すでにロジェストヴェンスキーやネーメ・ヤルヴィの全集を持っているし、五番にはエフゲニ・ムラヴィンスキーの名演もあり、グラズノフの交響曲はよく知っている気でいたのだが、このフェドセーエフの演奏で聞くと若々しいテンポの運びに魅力が炸裂している(なんて変な日本語なんだ!!)
これがこの値段で、それも制限付きでない録音でもらっちゃって良いの?と心配になるくらい。
この第1番の交響曲は第2楽章のスケルツォがとても好きで、昔はじて聞いた時はこの楽章ばかり何度もくり返して聞いていたものだ。しかしロジェストヴェンスキーの残響を取り入れすぎてぼやけた録音ではこの颯爽とした音楽は伝わりにくいし、ヤルヴィは私にはあまり…良いところを見つけられなかった…。
しかし、このフェドセーエフ盤は良い。今第1番を聞き終えたところだが、これは嬉しい買い物だった。もちろんグラズノフのピアノ・ソナタもゲットしたが、こちらは一枚分1200円。まあまあといったところか…。なんて贅沢になってしまったのだろう!!

写真はヴィンタートゥーアの教会横の小さな通り…。古い町並みはここにもちゃんと残っている。羨ましいことだ…。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-29 11:24 | CD試聴記
ボエームを観てきた
指揮:沼尻竜典
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演出:アンドレアス・ホモキ



◇出演◇

ミミ:浜田理恵

ロドルフォ:志田雄啓

ムゼッタ:中嶋彰子

マルチェッロ:宮本益光

ショナール:井原秀人

コッリーネ:片桐直樹

アルチンドロ:晴雅彦

パルピニョール:大野光彦

ブノア:鹿野由之



合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、二期会合唱団

児童合唱:神奈川県立弥栄高等学校合唱部

管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

昨日はyurikamomeさんご夫妻、yokochanさんとこのボエームを観て、その後朝香さんの奥様の誕生パーティに出て、結局タクシーでご帰還と相成った。やはり10時を過ぎると眠くて眠くて…(笑)。帰りのタクシーの中では何とか起きていたけれど、帰り着くとそのまま寝てしまった。
自分にしては久しぶりというくらい、ずいぶんたくさん飲んだので今日は完全休養日とした。惚けた頭で作曲などしても結果は決まっているので、音楽を聞いて過ごしていた。
しかし昨日のボエームは良かった。いや、良かったのは浜田理恵が歌うミミだった。かなり変わったアンドレアス・ホモキ

の演出があれほどの説得力をもったのは彼女の歌唱のおかげである。
次いで中嶋彰子
が歌うムゼッタは素晴らしかった。残念ながら男声陣はこの二人に対してかなり劣る。オケに対して声が負けてしまっているので、ロドルフォも前半は精彩を欠いていたし、マルチェルロもやや説得力に欠けていた。
児童合唱は大変優れていて、第2幕を実に楽しいものにしてくれていたし、大人の合唱も大変優れた歌を聞かせていた。
しかし、昨日の感動は全てミミとプッチーニのスコアの勝利だった。独特の演出はあちらこちら意外性に満ちていた。屋根裏部屋ではなく、町中の通りで芝居がはじまりそこに大きなツリーを持ち出してカフェの場面に移り、盛り上がったところでストップ・モーションになりそのまま3幕に移るあたりは斬新極まる発想に、一流の演出家の執念のようなものまで感じた次第である。
で、4幕では金持ちになったロドルフォやマルチェルロのところに着飾ったムゼッタに連れられてミミがやってくる。
ゼッフィレルリのメトの画像などを見て知っている人にはきっと昨日の演出は面白かったことだろう。しかし、それもこれも、プッチーニの完璧なスコアがあってこそである。
神奈川フィルは若干精彩を欠く出来映えだった。少しずつかつての素晴らしい音が失われつつあるようだ。次第に聞くに値しないオケになってしまうような気がして心配だ。これについては若干危機感を感じているのだが、どうなるのか…全く先が見えない状況である。とりあえず昨日の出来映えはまあまあと言ったところか…。

終わってからyurikamomeさんのお宅で少し「反省会」をしてから、朝香バンドの鳴り物担当のママのお誕生パーティーに皆で出席し、結局深夜まで飲み続け帰宅。しばらく身体を休めないといけないなと、つくづく自分が若くないことを思い知らされた(笑)。
でも、楽しい楽しい一日を送ることができたのは、本当に自分が今、素晴らしい人たちに囲まれていることを実感!する次第である。朝香パパに詩を書いてもらい、私が曲をつけるという約束もした。編曲をうちの学生たちにやらせても良いかもしれないなと、今日音楽を聞きながら、ぼんやり考えていた。

昨日は皆様、色々とありがとうございました!!写真は昨日のボエームの演出家アンドレアス・ホモキ

が近々監督に就任すると伝え聞くチューリッヒ歌劇場。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-28 16:23 | 神奈川フィルを聞く
ダルベールの「低地」
作曲者 : d'ALBERT, Eug?ne Francis Charles 1864-1932 スコットランド→独
曲名  : 歌劇「低地 "Tiefland"」(1903)
演奏者 : ベルトラン・ド・ビリー指揮 ウィーン放送交響楽団, ウィーン楽友協会合唱団, リサ・ガスティーン(sop/マルタ), ヨハン・ボータ(ten/ペドロ), ファルク・シュトルックマン(br/セバスティアーノ), ユン・クヮンチュル(bs/トマゾ), アドリアーヌ・クェイロツ(sop/ヌーリ), レイモンド・ヴェリー(ten/ナンボ), ヨッヘン・シュメッケンベッヒャー(br/モルッチオ), アンナ・マリア・パムマー(sop/ペパ)他
CD番号 : OEHMS/OC 312

ダルベールってどこの国の人?この質問に答えるのはちょっとややこしい。
スコットランドのグラスゴーに生まれたピアニストのダルベールは、年少時から才能を発揮し、リストに師事するなどしている。第一次世界大戦の後はドイツに帰化しているが、彼の父はイタリア系のフランス人の作曲家だったというから、こんがらかって来る。更に彼の母はイングランド人ということで、結局どこの国?ということに関しては彼自身がドイツ人だと言うのでそういうことにしておこうと思う。
この「低地」は、おぞましい「地主」のセバスティアンと彼に幼い頃に拾われて囲い者となっているマルタ、そして高地に住む純朴な羊飼いペドロのの三者によるお昼のメロドラマのようなドロドロの愛憎うずまくドラマだ。
これをビリーは実にうまくまとめ上げている。歌い手たちも大変出来がよろしい。ライブなので途中で拍手がおきたりするのはやむを得ないが、できればセッションで録音してほしかったが、それもこの出来映えの前には些細なことだろう。
マルタを歌うガスティーン(読み方はこれでいいのだろうか?不安だ…)は清純過ぎず、バランスがとれていると思うし、ペドロを歌うヨハン・ボータもいかにも純朴そうで、ひたすら憎まれ役のファルク・シュトルックマン歌うセバスティアンと良い対比を形作っている。
後期ロマン派というより、メロディアスなヴェリズモ・オペラのような味わいのこの作品は、ワーグナー風の脂ぎった重圧感はなく、なんとも風通しのよい響きが特徴だと思う。だからこそ今日でも歌劇場のレパートリーとしてしばしば演奏されることとなっているのだろう。

ヴィルヘルム・バックハウスの先生としても名高いピアニストのダルベールの本職は作曲?それともピアニスト?そんなつまらない質問はしないで下さい…。
さて今日は、ボエームを観てきます。
写真は演奏会の準備中のルツェルンのイエズス教会。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-27 09:53 | CD試聴記
モンポウの「内なる印象」をラローチャの名演で聞く
作曲者 : MOMPOU, Federico 1893-1987 スペイン
曲名  : 内なる印象 "Impresiones Intimas" (1911-14)
演奏者 : アリシア・デ・ラローチャ(pf)
CD番号 : LONDON/POCL-5267

繊細極まる音楽!おそろくまだ10代の頃のモンポウの手になるこれらの作品は、グラナドスの紹介状を持って、パリのフォーレのもとを訪れながら、待っている間に怖くなって、結局会わないで帰ってしまったという気の小さな男の天才の恐らくは最初の輝きなのではないか?
小さな、吹けば飛ぶよな小品が9曲。全くの独学で作曲をしていたが故に、技法に溺れ、それを弄ぶかのような愚かしさとは無縁の、純粋な美しさに溢れている。
「悲しい鳥」と題された第5番を聞いていて、つい涙がこみ上げてきてしまった。静寂の中に1音1音が谺するような美しさ!ああこんな音楽を聞くと、私など、恥ずかしくてとても作曲なんてできない…。
ピアノも堪能だった作曲者が深く信頼し、いくつかの作品を捧げられてもいるラローチャによる演奏は完璧だ。愛おしい思いが溢れている。久しぶりに聞きながら、冷たい雨に煙る窓の外を見ていた午後であった。音楽ってホントに良いものだ。

写真はまたまたジュネーヴの噴水。有名過ぎて、なんだかつまらない…。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-25 17:10 | CD試聴記
津田理子とピアノ音楽の集い2010 プログラム・ノート (5) 最終回
5月23日(日)の津田理子さんのコンサートのプログラム・ノートの最終回です。

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ドビュッシー作曲「夢想」、「舞曲(スティリア風のタランテラ)」

 終わりに1890年、ドビュッシー28才の頃の作品を2曲、演奏されます。「夢想」はドビュッシーが自分で「駄作」として長く出版を許さず、作曲後18年経った1908年にようやく出版された作品です。ロマンチックな甘い雰囲気の作品で、その媚びるかのようなその甘さを恥じて、ドビュッシーは公開を渋ったのかも知れません。いずれにせよ、今日、ドビュッシーの初期の作品の中でも特に人気のある一曲です。
 「舞曲(スティリア風のタランテラ)」もまたドビュッシーの初期の作品の中でも傑作として知られています。スティリア風とはオーストリアのシュタイアーマルク地方のことで、これを英語風に言うとスティリアとなります。ブルグミュラーにワルツ風の「スティリアの女」という曲がありますね。
 ドビュッシーはタランテラという急速な6/8の曲で、アクセントがちょっとヘミオラ風(ベートーヴェンの稿を参照のこと)で6拍子なのに3拍子が混ざっていて、実に面白い作品に仕上がっています。
 後にラヴェルが出版社の依頼でオーケストラ用に編曲していて、そちらでも知られています。

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写真はチューリッヒのトーンハレ。ここで、これらの作品が八月に演奏される。もちろん私もスイスに出かけます。ブラームスがこけら落としをした、百年以上の歴史のあるホールで、私の曲が鳴り響く、そんな名誉なことはないと思う。それも二度目。私はなんて幸せ者なのだろうとつくづく思う。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-25 11:41 | 音楽時事
津田理子とピアノ音楽の集い2010 プログラム・ノート (4)
5月23日(日)の津田理子さんのコンサートのプログラム・ノート、その4です。今回は私の曲…。

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徳備康純作曲 5つのミニアチュール (初演)
 
 これは筆者が昨年の11月、津田さんのために作曲した組曲で、次の5つの曲から出来ています。
 第1曲 : トッカータ
 第2曲 : 水琴窟の幻想
 第3曲 : ネコとネズミの追いかけっこ
 第4曲 : なみだ
 第5曲 : やさしい風にのって (ジーク風)

 第1曲の「トッカータ」は4度和声と複調でいくつかの作曲を試していた時に出来た作品で、高い杉の木の梢を吹き過ぎていく一陣の風をイメージして作曲しました。
 第2曲の水琴窟(すいきんくつ)とは、江戸時代の日本庭園の装飾の一つで、手水鉢の排水を地下に逆さに埋めた瓶の中に水滴として落下させることにより、琴のような音を発生させる仕掛け(Wiki参照)のことです。
 極めて高音の澄んだ響きに涼を求める江戸文化の一つで、明治以降失われたこの庭園技術は、優れた庭園技師の力で最近復活し、時折テレビなどで紹介されたりしています。
 私はピアノの高音を多用して、うだるような暑さの中、澄んだ音色がかすかに静寂を響きわたる様を幻想的に表現しようとつとめました。
 第3曲の「ネコとネズミ…」は…そう!あの有名なアニメを思い浮かべてお聞き下さい。
 三年ほど前から昨年の春まで、短2度と長5度の組み合わせのテーマによってピアノのためのパッサカリアとフーガ、あるいはモダン・タンゴなど様々な作品を試みていたのですが、その中の一曲が第4曲の「なみだ」です。二声、三声で透明感のある淡い悲しみを表現しました。
 第5曲の「やさしい風に乗って」は第1曲の「トッカータ」と対になるようにおいたもので、1曲目がちょっと切迫感のある強い風であるのに対し、古典的なダイアトニックな和声によって柔らかで優しいイメージを表現したものです。

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写真はブラームスの散歩道であったというスイス中部のトゥーンの町にあるヨハネ教会。音楽好きの方なら、ここでグラーフのバッハなどクラヴェース・レーベルへの録音が数多く行われたことをご存知のことと思う。
ブラームスはこの城とアーレ川のあたりをよく散歩していたそうだ。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-25 11:35 | 音楽時事
津田理子とピアノ音楽の集い2010 プログラム・ノート (3)
5月23日(日)の津田理子さんのコンサートのプログラム・ノート、その3です。

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第2部

パデレフスキ作曲
6つの演奏会用ユモレスク Op.14より 第1曲「メヌエット」第6曲「幻想的クラコヴィアク」
作品集(ミセラネア "Miscellanea") Op.16より第3曲 主題と変奏 イ長調

 ショパンの楽譜でパデレフスキ版が有名ですが、そのパデレフスキもまた今年生誕百五十年を迎えます。彼は、ポーランドの貴族の家系に生まれた大ピアニストにして作曲家、そしてなんとポーランドの首相、外務大臣、国連大使などを歴任した政治家でもありました。
 6つの演奏会用ユモレスクは1887年パデレフスキ27才の頃に書かれた作品です。ピアニストとして、アイドル並の人気を不動の物とした頃の曲です。
 上品な第1曲の「メヌエット」は、色々な形に編曲されて演奏されて親しまれている特に有名な曲です。パデレフスキの演奏会ではこれを演奏するまで聴衆が席を立たなかったとか…。第6曲の「幻想的クラコヴィアク」は、マズルカやポロネーズとともにポーランドを代表する民族舞曲のことで、民族的なリズムが散りばめられた魅力的な作品に仕上げられています。
 1888年に書かれたミセラネア(雑録)と題された7曲からなる曲集は、組曲というのではなく、様々な機会に書かれた作品をまとめた曲集で、1888年から1894年にかれてバラバラに出版されています。その第3曲目の「主題と変奏」は、16小節の親しみやすい自作のテーマに対し5つの変奏と華麗なフィナーレから出来ています。パデレフスキには変奏曲がいくつかあり、この作品も含めてどれも力作ばかりです。きっと得意としていたのではないでしょうか?

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パデレフスキは最近再評価の機運が高まりつつあるようで、嬉しいことである。アニヴァーサリー・イヤーということで、変奏曲とフーガやソナタから、協奏曲なども再び演奏されるようになれば良いのだが…。
長生きをしたこともあり、遅れてきたロマン派という評価は、正統な評価とは言えないのではないだろうか?何度も書くが、技法は音楽の優劣とは全く関係がないのだ。

写真はヌーシャテル城の参事会教会。ヌーシャテルは名フルーティストのオーレル・ニコレが生まれた町でもあるが、
面白いことにフランス語圏にもかかわらず、長くプロイセンの支配下にあったこともあり、ちょっと独特の感じがある。スイスははじめから一国ではなかったし、今もいくつもの地域が寄り集まった国で、それぞれに異なる文化、風習、歴史を有しているが故に、私にはとても面白く思えるのだ。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-25 11:29
津田理子とピアノ音楽の集い2010 プログラム・ノート (2)
5月23日(日)の津田理子さんのコンサートのプログラム・ノート、その2です。

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ショパン作曲 ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 Op.35
 
 ショパンは今年生誕二百年を迎えます。そのショパンの作品から本日は葬送行進曲付きのピアノ・ソナタ第2番をお聴き頂きます。
 この作品は、1839年の夏、ジョルジュ・サンドと共に滞在していたノアン(パリから列車で乗り換えをいれて三時間ほど南に下った村)で書かれました。ソナタとは言え、古典的なソナタの形からは完全に外れた破天荒な作品で、ソナタとしては極めて独創的な作品です。
 十九世紀ロシアの大ピアニストのアントン・ルービンシュタインはこのソナタを「死の詩」と評しています。
 4つの楽章から出来ており、第1楽章は暗い序奏の後、焦燥感にとらわれたかのような第1主題とコラール風の第2主題による極めて自由なソナタ形式で出来ています。2つの主題の性格の大きな対比の上に絶望感と祈りが歌い込まれています。
 第2楽章はスケルツォ。破壊的なテーマと穏やかなトリオという極端な対比に彩られた楽章で、半音階的な進行が調性感を破壊する寸前まで追い込んでおり、1839年に書かれたとは信じられないほど独創的な楽章です。
 第3楽章はここだけ取り出して演奏されることもあるほど有名な「葬送行進曲」。
 この楽章だけ1837年に書かれています。以前の婚約者のマリアと別れた前後にあたり、この作品の中でこの曲だけ少し違う感じがするのはそのせいなのかも知れません。
 葬送の鐘の鳴る中、静かに葬列が進み、中間部で少し明るくなり、亡き人の追憶が浮かびあがりますが、また葬列の鐘とともに極めて緩やかな行進がはじまるのです。
 終楽章はたった1分ちょっとで終わる短い楽章で、そのあまりにユニークな発想は驚異としか言いようがありません。右手と左手は最初から最後までユニゾンで進み、急速な無窮動な音楽です。
 同じ頃フランスで活躍したアルカンという作曲家がよく似た技法の練習曲を書いていますが、ショパンのこの音楽からは、調性感をほとんど感じることはできず、突風が吹き過ぎて行くがごときそれは「葬送行進曲の後を受け、墓場に風が吹く」と言われることもありほどです。
 ショパン自身は「行進曲の後で両手が無駄口を叩く」と言っていますが、いずれにせよ、当時の聴衆はさぞ驚いたことでしょう。

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この異色作は、ショパンの前衛性を実感させる傑作中の傑作。当時の聴衆がどれだけこの音楽を理解し楽しんだことか…ちょっと心配になるほど実験的ですらある。
だからこそ、フランツ・リストやシューマンたちがショパンを高く評価したのではないだろうか?

写真はヌーシャテル湖とヌーシャテルの町。
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by Schweizer_Musik | 2010-03-25 11:15